『完全保存版 ジャニーズの歴史 光も影も45年』(鹿砦社)

『完全保存版 ジャニーズの歴史 光も影も45年』(鹿砦社)


『完全保存版 ジャニーズの歴史 光も影も45年』(鹿砦社)
ジャニーズ研究会=編著
B6判/208ページ/カバー装
定価1200円(本体1143円+税)

わが国芸能界に跳梁する怪物=ジャニーズ...
それは1960年代初め、草野球チームから始まった!
黎明期から現在までの歴史を、光の部分も影の部分も、
これまでになく詳細に記述し、怪物の正体を解剖する!
第一級の日本芸能史研究書

 

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【構成】
第1章・黎明期(1962年?1968年)
第2章・試行錯誤(1969年?1974年)
第3章・試練(1975年?1979年)
第4章・起死回生(1980年?1992年)
第5章・発展期(1993年?1999年)
第6章・近代化(2000年?2008年)

 

【本書に登場するジャニーズタレント(OB含む)】
中谷良、あおい輝彦、真家ひろみ、飯野おさみ、北公次、江木俊夫、青山孝、おりも政夫、小谷純、やなせかおる、行田和彦、岡典雄、郷ひろみ、豊川誕、井上純一、川崎麻世、田原俊彦、近藤真彦、野村義男、内海光司、大沢樹生、諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、佐藤敦啓、田代秀高、赤坂晃、東山紀之、錦織一清、植草克秀、平本淳也、米花剛史、森且行、中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾、城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏、長瀬哲也、堂本光一、堂本剛、坂本昌行、長野博、井ノ原快彦、森田剛、三宅健、岡田准一、大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤、滝沢秀明、今井翼、亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一、澁谷すばる、錦戸亮、丸山隆平、安田章大、大倉忠義、村上信五、横山裕、山下智久、小山慶一郎、加藤成亮、増田貴久、手越祐也、森内貴寛、内博貴、草野博紀、中島裕翔、風聞俊介、中丸雄一、有岡大貴、山田涼介ほか

 

【本書の目次】
本書の目次
■プロローグ
■第1章 黎明期 
├─★1962年
│ ├─「ジャニーズ」は『ウエストサイドストーリー』から生まれた
│ ├─ジャニーズ結成
│ ├─ジャニーズ事務所創業
│ └─ジャニーズが『夢であいましょう』でデビュー
├─★1963年
│ └─ジャニーズ、「日劇ウエスタンカーニバル」で初舞台
├─★1964年
│ ├─ジャニーズがレコードデビュー
│ └─ジャニーズに「おっかけ」登場
├─★1965年
│ ├─ジャニーズが初のミュージカル

│ ├─ジャニーズJr.のルーツ誕生
│ ├─北公次がジャニーズのボーヤに
│ └─ジャニーズが紅白初出場
├─★1966年
│ ├─ハイソサエティー結成
│ └─ジャニーズが国際的ミュージカルスターになるため渡米
├─★1967年
│ ├─ジャニーズ帰国するもGSブームに
│ ├─ジャニーズ『太陽のあいつ』をリリース
│ ├─ジャニーズが最後のミュージカル
│ ├─ジャニーズ引き抜き裁判でホモセクハラ問題が噴出
│ ├─フォーリーブスが舞台デビュー
│ ├─フォーリーブス結成
│ └─ジャニーズ解散
└─★1968年
  ├─フォーリーブスを本格プッシュ

  └─フォーリーブスがレコードデビュー
■第2章 試行錯誤
├─★1969年
│ ├─永田英二がソロデビュー
│ └─ジュークボックスがレコードデビュー
├─★1970年
│ ├─ハイソサエティーがアルバムデビュー
│ ├─フォーリーブスがプロマイドの売上げ1位
│ └─フォーリーブスが「紅白」初出場
├─★1971年
│ ├─郷ひろみがジャニーズ事務所に所属
│ ├─元大映青春スターの内田喜郎がレコードデビュー
│ └─ハイソサエティーがレコードデビュー
├─★1972年
│ ├─郷ひろみがドラマデビュー
│ ├─郷ひろみがレコードデビュー

│ └─郷ひろみが「レコード大賞」新人賞受賞
├─★1973年
│ ├─葵テルヨシがレコードデビュー
│ ├─アニメーション結成
│ └─郷ひろみが「紅白」に初出場
└─★1974年
  ├─リトルギャング結成
  ├─郷ひろみがバーニング・プロへ移籍を決意
  └─井上純一がJJS加入
■第3章 試練
├─★1975年
│ ├─ジャニーズ事務所が法人化
│ ├─JJSがデビュー
│ ├─豊川誕がデビュー
│ ├─白虎隊結成
│ ├─リトル・ギャング結成

│ ├─井上純一が俳優として頭角を現す
│ └─殿ゆたかがレコードデビュー
├─★1976年
│ ├─森谷泰章がレコードデビュー
│ ├─クエッションがレコードデビュー
│ ├─郷ひろみが正式に移籍
│ ├─ギャングス結成
│ ├─キングコング結成
│ └─未都由がレコードデビュー
├─★1977年
│ ├─ジャニーズ少年団結成
│ ├─川崎麻世がレコードデビュー
│ └─青山孝がジャニーズ事務所の女性タレントと結婚
├─★1978年
│ ├─ジャPAニーズ結成
│ └─フォーリーブスが解散

└─★1979年
  ├─赤木さとしがレコードデビュー
  ├─ピラミッド結成
  ├─元フォーリーブス・北公次が覚せい剤で逮捕
  ├─たのきんトリオと藤島ジュリー景子が『3年B組金八先生』に出演
  ├─村田勝美&クエスチョンズ結成
  └─女性を加えたグループ・VIP結成
■第4章 起死回生
├─★1980年
│ ├─『ただいま放課後』でたのきんの人気沸騰
│ ├─田原俊彦がレコードデビュー
│ ├─近藤真彦が美空ひばりを「おばさん」呼ばわり
│ ├─ANKHがレコードデビュー
│ ├─ひかる一平が『3年B組金八先生』でデビュー
│ ├─近藤真彦がシングルデビュー
│ ├─田原俊彦が「レコード大賞」「日本歌謡大賞」で新人賞をダブル受賞

│ └─田原俊彦が「紅白」初出場
├─★1981年
│ ├─『2年B組仙八先生』が放送開始
│ ├─ひかる一平がレコードデビュー
│ ├─「少年隊」のはじまり
│ ├─近藤真彦が「レコード大賞」最優秀新人賞受賞
│ └─近藤真彦が「紅白」初出場
├─★1982年
│ ├─少年隊に東山紀之加入
│ ├─シブがき隊デビュー、女子学生死亡事件も発生
│ ├─田原俊彦がブロマイド年間売上トップ
│ ├─シブがき隊が「レコード大賞」最優秀新人賞受賞
│ └─シブがき隊が「紅白」初出場
├─★1983年
│ ├─イーグルスがシングルデビュー
│ ├─三好圭一がドラマデビュー

│ ├─田原俊彦が『さらば・・・夏』で日本歌謡大賞受賞
│ ├─THE GOODーBYEがシングルデビュー
│ ├─江端兄弟がドラマデビュー
│ └─THE GOODーBYEがレコード大賞最優秀新人賞受賞
├─★1985年
│ ├─(少年)忍者結成
│ ├─近藤真彦が『大将』で日本歌謡大賞受賞
│ ├─男闘呼組の前身、東京結成
│ └─少年隊がシングルデビュー
├─★1986年
│ ├─少年隊が「レコード大賞」で最優秀新人賞受賞
│ └─少年隊、「紅白」で「仮面ライダー」と紹介される
├─★1987年
│ ├─おめで隊、シングルデビュー
│ ├─光GENJI結成
│ ├─スケートボーイズ結成

│ ├─『ラジオびんびん物語』放送開始
│ ├─光GENJIがシングルデビュー
│ ├─田原俊彦とシブがき隊が「紅白」落選
│ └─近藤真彦がレコード大賞・日本歌謡大賞ダブル受賞
├─★1988年
│ ├─SMAP結成
│ ├─『教師びんびん物語』が人気
│ ├─男闘呼組がデビュー
│ ├─CHAーCHAがシングルデビュー
│ ├─シブがき隊が解隊
│ ├─北公次がジャニー喜多川のホモセクハラを暴露
│ ├─光GENJIがピンクレディー以来の快挙
│ ├─光GENJIが「レコード大賞」の大賞受賞
│ └─光GENJIと男闘呼組が「紅白」初出場、田原俊彦は「卒業」
├─★1989年
│ ├─中谷良が『ジャニーズの逆襲』を上梓

│ ├─小谷純とやなせかおるも"あのこと"を暴露
│ ├─TOKIOの母体結成
│ ├─近藤真彦の「紅白」連続出場が途切れる
│ ├─光GENJIが「日本歌謡大賞」の大賞受賞
│ └─男闘呼組と光GENJIが「レコード大賞」で金賞受賞
├─★1990年
│ ├─SMAPがシングルデビュー
│ ├─SMAPが「日本歌謡大賞」で新人賞受賞
│ └─SMAPが「紅白」初出場
└─★1992年
  └─KinKi Kids結成
■第5章 発展期
├─★1993年
│ ├─男闘呼組が突然活動休止
│ ├─植草克秀がドラマのロケ中にやけど
│ ├─木村拓哉が『あすなろ白書』でブレイク

│ └─SMAPとTOKIOが「紅白」出場
├─★1994年
│ ├─田原俊彦が「ビッグ」発言
│ ├─KinKi Kidsが野島伸司ドラマに出演
│ ├─植草克秀が結婚
│ ├─光GENJIの大沢樹生と佐藤寛之が脱退
│ ├─TOKIOデビュー
│ ├─TOKIOが「紅白」初出場
│ └─KinKi Kidsファーストコンサート
├─★1995年
│ ├─堂本剛主演の『金田一少年の事件簿』
│ ├─ジャニーズと鹿砦社の因縁はここから始まった
│ ├─光GENJI(SUPER 5)解散
│ ├─中居正広がスポーツ中継に出た功罪
│ ├─初代金八トリオ結成
│ ├─怪談トリオ結成

│ └─V6がCDデビュー
├─★1996年
│ ├─忍者が活動休止
│ ├─豊川誕、偽造クレジットカード詐欺で逮捕
│ ├─またもやOBがジャニー喜多川を告発
│ ├─森且行が解雇同然でジャニーズ事務所を去る
│ └─近藤真彦が「紅白」に返り咲く
├─★1997年
│ ├─豊川誕も"あのこと"を暴露
│ ├─KinKi KidsがCDデビュー
│ ├─中居正広が「紅白」の司会に決定
│ └─中居正広のノーパンしゃぶしゃぶ事件
└─★1999年
  ├─ジュニアタレントの乱交パーティー
  ├─江木俊夫の覚せい剤事件
  ├─TBS絡みの「乱交パーティー」

  ├─日テレ『鉄腕DASH』の「乱交パーティー」
  ├─『週刊文春』がキャンペーン開始
  ├─中居正広が2年連続で「紅白」の司会に
  ├─ジャニーズ事務所によるホテトル買春疑惑
  └─嵐がデビュー
■第6章 近代化
├─★2000年
│ ├─海外のメディアがジャニー喜多川の裁判を報道
│ ├─ジャニーズの真家ひろみ亡くなる
│ ├─森田剛のレイプ疑惑
│ ├─ジャニーズ事務所のタレント管理が国会で問題に
│ ├─稲垣吾郎と菅野美穂の熱愛報道
│ ├─中居正広の交際相手が中絶告白
│ └─木村拓哉が工藤静香と"できちゃった婚"
├─★2001年
│ ├─KATーTUN結成

│ ├─稲垣吾郎逮捕
│ └─SMAPが稲垣の謹慎で「紅白」を辞退
├─★2002年
│ ├─『週刊文春』は一審で敗訴
│ ├─タッキー&翼がアルバムデビュー
│ └─関ジャニ8が結成
├─★2003年
│ ├─タッキー&翼がシングルデビュー
│ ├─中居正広と一般女性の熱愛
│ ├─ハンミちゃん事件のパロディに苦情殺到
│ ├─ジャニーズ事務所などに追徴課税
│ ├─二審で『週刊文春』が逆転勝訴
│ ├─NEWS結成
│ ├─森内貴寛が喫煙して少女と添い寝
│ └─賞レースの辞退
├─★2004年

│ ├─木村拓哉「プライド」事件
│ ├─スマステでインスタントラーメンの扱いを巡るトラブル
│ ├─ジャニー喜多川の所属タレントセクハラが確定
│ ├─NEWSがシングルデビュー
│ ├─Question?結成
│ ├─関ジャニ∞がシングルデビュー
│ ├─文藝春秋社法務部が「ホモセクハラ裁判」の真相を語る
│ ├─判決レポートが消された!
│ ├─山下智久が無色透明の液体をかけられた事件
│ ├─『弟』で長瀬智也が石原慎太郎を好演
│ └─SMAPが「紅白」を蹴り、滝沢秀明が審査員として「出場」
├─★2005年
│ ├─藤島ジュリー景子が結婚
│ ├─さらに続く、「ホモセクハラ」の告発者
│ ├─内博貴が菊間千乃らと飲酒して無期限謹慎
│ ├─『週刊女性』が「ジャニーズ事務所広報誌」から降りた理由

│ └─近藤真彦がデビュー25周年
├─★2006年
│ ├─草野博紀が「カラオケボックスで飲酒」事件
│ ├─中居正広と中野美奈子の熱愛報道
│ ├─KATーTUNが華々しいCDデビュー
│ ├─亀梨和也と小泉今日子の熱愛報道
│ ├─田中聖「未成年喫煙流出」事件
│ ├─赤西仁が「留学宣言」で休養
│ ├─『武士の一分』でトラブル
│ └─中居正広が紅白の司会に
├─★2007年
│ ├─木村拓哉「日本アカデミー賞」辞退
│ ├─滝沢秀明「大けが」
│ ├─赤西仁がKATーTUNに復帰
│ ├─長瀬智也と浜崎あゆみの別れ
│ ├─二宮和也と長沢まさみの熱愛報道

│ ├─中居正広と倖田來未の熱愛報道
│ ├─木村拓哉の『HERO』騒動
│ ├─木村拓哉の「いけのおと」事件
│ ├─Hey!Sey!JUMP結成、シングルデビュー
│ ├─近藤真彦に長男誕生
│ ├─赤坂晃が覚せい剤所持で逮捕
│ └─中居正広が紅白歌合戦の「紅組」司会に
└─★2008年
  ├─山口達也が元モデルと入籍
  ├─井ノ原快彦と瀬戸朝香が結婚
  ├─木村拓哉主演の『CHANGE』でスッタモンダ
  ├─渋谷すばるの「パーティーご乱交」
  ├─大野智の「大麻で3P」疑惑
  └─Hey!Sey!JUMPが連続ドラマ初主演

 

【以下、「プロローグ」より】
「『ぼくたち!何してるんだ』
ハッとして振り向くと、そこに端正な顔だちの青年が立っていたのです。私は息をのみました。『やばいぞ。怒られる』」(『ジャニーズの逆襲』データハウス)

 

 中谷良三少年は、明治神宮の米軍基地へラジコン飛行機を飛ばしに行って、アメリカ大使館軍事顧問の喜多川擴(ひろむ=ジャニー喜多川)と知り合った。中谷少年が11歳の時、ジャニー喜多川が28歳になった1958年のことである。

 

 時代は高度経済成長を迎えようとしていた時期。アメリカからの影響でロカビリーブームが巻き起こり、ジャズ喫茶からは、ダニー飯田とパラダイスキングというハワイアンバンドが出現して話題を呼んでいた。中谷少年の言葉を借りれば、「とにかく、みんなが娯楽を求めて人生を楽しみ始めたころ」である。

 

 中谷少年はこの時、怒られる代わりに、「夢にまで見た」ハーシーズのチョコレートをもらう。その当時、日本は戦争に負けて、子供たちは飢えていたのだから、チョコレートの価値は今とは比較にならない。

 

「『ぼくの部屋にきたらガムもキャンデーもあるよ。遊びにおいでよ』って......ええ、わたしたちはうれしくてついて行きました」

 

 ジャニー喜多川はワシントンハイツの中のアパートに住んでいて、チョコレートは山ほどあったから、彼だけでなく、彼の同級生である青井輝彦少年や、飯野修實少年たちを喜ばせた。少年たちは、ジャニー喜多川が少年野球のコーチをしていることを知る。ジャニー喜多川は1950年頃から、現在の代々木公園近くにあったワシントンハイツの公園で休日に野球をする少年たちと親善試合を行うなどして、少年たちの間では影響力のある青年であった。球団名はジャニーズ球団であった。


 
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