サイトアイコン 市井の話題書厳選

佐治敬三―夢、大きく膨らませてみなはれ(小玉武著、ミネルヴァ日本評伝選)は、サントリー2代目社長の生き様と功績を紹介

佐治敬三―夢、大きく膨らませてみなはれ(小玉武著、ミネルヴァ日本評伝選)は、サントリー2代目社長の生き様と功績を紹介

佐治敬三―夢、大きく膨らませてみなはれ(小玉武著、ミネルヴァ日本評伝選)は、サントリー2代目社長の生き様と功績について紹介してます。「やってみなはれ」という挑戦的な企業文化を築き、文化・芸術振興にも大きな足跡を残しました。(文中敬称略)

佐治敬三(さじ けいぞう、1919年11月1日 – 1999年11月3日)は、日本の実業家。サントリー第2代社長、元会長。基礎科学研究を熱心にサポートした実業家としても知られています。

スポンサーリンク

「やってみなはれ」は代々のスローガン


佐治敬三は、1919年(大正8年)11月1日、サントリー創業者の鳥井信治郎の次男として大阪府東区に生まれました。

長男がなくなり、敬三は信治郎の事業を継ぐ立場にありました。

なぜ、信治郎の実子なのに姓が違うかというと、「母方の縁者」の養子になったからです。

またしても改名(改姓)です。

ただ、13歳の敬三少年の自覚的判断と言えるかどうか……。

そもそも、敬三は佐治家に入ったわけではなく、従来通り鳥井家で暮らしました。

戦前の家制度では、こういうことはめずらしくないのです。

家(苗字)を守るために、形式的に養子になってその姓を継ぐのですが、本人の実際の生活は今まで通りということです。

つまり、鳥井家では敬三だけが違う姓なのです。13歳の敬三だけが。

その裏返しが、母親だけが違う名字になり得る「選択的夫婦別姓」なんです。

どちらも、家(苗字)を守るという考えに生じる現象であると、私は思っています。

家制度は否定されたのに、家(苗字)ってそんなに必死になって守らなければならないものなのでしょうか。

しかも、「母方の縁者」とありますが、母方は小崎家という香川県の下級藩士であり、ではいったい「佐治ってどこの家?」というのは、実は佐治研究本でも明らかになっていません。

さて、1942年4月、大阪帝国大学理学部化学科卒業した敬三は、サントリーの前身である壽屋に入社します。

1961年に壽屋代表取締役社長に就任し、1963年3月には壽屋からサントリーに社名を変更しました。

サントリーのウイスキー事業は、敬三のもとで急成長を遂げました。

「トリス」や「オールド」などのヒット商品を生み出し、日本人の嗜好に合わせた製品開発を推進しました。

彼のリーダーシップの下で会社は大きく成長し、国際的な企業へと飛躍しました。

「やってみなはれ」は、創業者鳥井信治郎の言葉として伝えられていますが、敬三の経営哲学を象徴するスローガンでもあります。

挑戦を奨励し、失敗を恐れない企業文化を育むことで、社員の創意工夫を引き出しました。

この精神の下で、以下のような重要な成果を達成しました:

たとえば、敬三が化学に進んだことが、サントリーがバイオサイエンス研究所を作ったことにつながっていると思われます。

敬三はサントリー文化財団を設立し、人文学や社会科学の研究支援にも積極的でした。

サントリーホールは、サントリー芸術財団が運営しています。

また、日本の伝統文化や歴史を保護する活動を後押しし、今後に残すべき文化財の保存に尽力しましたしました。

関西公共広告機構を設立(現在のACジャパン)も作っています。

佐治敬三は、単なるビジネスマンではなく、「文化の守護者」としても評価されている所以です。

面倒見はいい人だったが舌禍事件を起こす


私のサントリー佐治敬三社長で思い起こすのは、「東北熊襲発言」事件です。

「仙台遷都など阿呆なことを考えてる人がおるそうやけど、(中略)東北は熊襲の産地。文化的程度も極めて低い。」(JNN報道特集 1988年2月28日)

熊襲(くまそ)というのは、古代の日本において九州南部にいた、朝廷に服属しない勢力を指す名称です。

「朝廷に服属しない」ことを直ちに悪いことと見るかどうかはともかくとして、「東北人なんて政治意識の低い連中だ」ということを言っているわけです。

大企業で、かつ文化人としての敬三の発言は、問題になりました。。

1988年(昭和63年)3月9日、衆議院予算委員会で沢藤礼次郎衆議院議員(岩手県出身、旧岩手2区選出)は「ここまで言われたのでは東北人のプライドといいますか、大変傷つくのも無理がないわけであります」と発言を批判[9]。一方、奥野誠亮国土庁長官(奈良県出身、奈良3区選出)は「首都を自分のところへ持っていきたい、その熱望の余りに口が滑ったというふうに受けとめたい」と冷静に受け止める答弁を行った
我々もやらかしがちな軽口だったのかもしれませんが、場所と立場はそのような言い訳を許しませんでした。

私の親類は、みな宮城・福島・山形などの東北出身で、たとえば山形出身で酒好きの叔父は、「もうサントリーのウイスキーは飲まない」と怒っていました。まあ、時間が過ぎたら酒の飲みたさに怒りは収まったらしいですが。

その一方で、長らくテレビ枠の単独スポンサーになり、その主演タレントをCMで使うなど、面倒見もよい人だったので残念に思いました。

具体的には、『ザ・ガードマン』の宇津井健と神山繁なんですけどね。


アルコールはめったにいただかない私ですら、今でも昔の映画やドラマで宇津井健が出てくるとと、「サントリー」を連想してしまいますから。

みなさんは、サントリーという会社に、どのようなイメージを持たれていますか。


佐治敬三―夢、大きく膨らませてみなはれ(ミネルヴァ日本評伝選) – 小玉 武

モバイルバージョンを終了