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働かないふたり(吉田覚、新潮社)は、対人恐怖症の妹とインテリで友達もいる“エニート”な兄というニート兄妹の暮らしを描く

働かないふたり(吉田覚、新潮社)は、対人恐怖症の妹とインテリで友達もいる“エニート”な兄というニート兄妹の暮らしを描く

働かないふたり(吉田覚、新潮社)は、対人恐怖症の妹とインテリで友達もいる“エニート”な兄というニート兄妹の暮らしを描いた漫画です。作者の個人ブログに公開されたニート兄妹漫画のコミックス化ですが、レビユーは賛否両論です。あなたは?

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ニート兄妹のダラダラした生活を描く

主人公は、マイペースで対人恐怖症の妹・春子と、インテリなうえに友達もいることで“エニート”と妹から呼ばれている兄・守。

どちらも、学校にも行ってないし、就職もせず、石井家の扶養家族です。

そのニート兄妹のダラダラした生活を、周囲の人とのユニークなやりとりなどを交えながら描いている日常的漫画です。

他の登場人物は、家庭は家族が穏やかに暮せばそれでよいという緩い父親。

父親に比べると一応心配はしているけれど、積極的に尻を叩きまくるまでには至らない母親。

守の同級生で就職はしているけれど、ニート兄妹のところにしばしば遊びに来る丸山。

石井家の隣に住み、脳天気な兄妹を見て、2人をすっかり気に入ってしまうOLの倉木さん。

守や丸山と同級生の遠藤、鈴木、西口。

春子の友人の瀬野、本田、あかねちん。

父の同僚の増山

など。

社会的地位も金もないけど、なんとなく楽しく生活している兄妹を通して、俗人のこだわる見栄や外聞の矮小さとともに、生きるというのはどういうことかを考えさせられます。

なんで叩くレビューが必要なのか

本作は、人を貶めることもなく、虐待もないほのぼのとした日常を描く漫画です。

しかし、アマゾンのレビューでは、叩きコメントが入っています。

本作は、賛否両論なのです。

「否」の多くは、ニートをいきいきと描くのはけしからん、という内容です。

以下、囲んでいるところがレビューコメントからの一部引用です。

かなり後の巻まで読んだのですが、この漫画の妙な気持ち悪さの正体が自分なりに掴めました。
この気持ち悪さの中心に居るのは、兄。
この兄は、一見頼りない(ニートだし)けど、本当は凄くて正しくて、老若男女あらゆる人から認められ一目置かれるような存在のようです。
レビューで兄のことを『なろう系の主人公みたい』と書いていらっしゃる方がいましたが、まさしくそんな感じです。
読んでいると、兄のことを褒め称えなきゃいけないような、兄の方こそ正しいみたいに思わなきゃいけないような、漫画内の空気をひしひしと感じます。

いや、そんな大層なことではないでしょう。

せいぜい、引きこもりでも一応“エニート”な存在もいる、ぐらいの話で、別に人としての生き方のモデルのような描き方まではしていません。

エニートはどこまでいってもエニートであり、決してエリートとして描いているわけではないでしょう。

強いて言えば、人生に正解はない、ということかな。

それとも、このレビュアーは、ニートは「トコトンだめな奴」として描かないと気がすまないのでしょうか。

ニートだろうが、引きこもりだろうが、ホームレスだろうが、いろいろな考え方と人生があるのですから、エリートは立派な人間に描き、ニートは惨めに描くべき、という「ねばならない」考え方のほうがよほど「気持ち悪」いと思います。ああ気持ち悪い。

とにかくイライラする漫画。妹は支援学級クラスの軽い知的障害。天然と可愛がられるのは若いうちだけ。

これは、支援学級や知的障害に対するヘイト発言です。

こんなヘイト発言を削除しないAmazonにも疑問がありますね。

このレビュアーは、健常(定型)でない生徒は、支援学校や支援学級を卒業したら、社会に適応できず行くところがなくて家でブラブラしていると思いこんでいるのでしょう。

発達障害や知的障害の生徒は、自立支援の教育を受けて、A型、B型と呼ばれる労働に従事したり、生活介護の施設に通所したりしています。

ニートとか、ひきこもりというのは、健常(定型)かどうかという線引きで解決することではなく、要はその人の人生観にかかわるものでしょう。

私は、発達障害と診断されたことはない「定型」ですが、やはり家にこもって長く介護をしていると、人と話すのが怖いと思いました。

春子のように、言葉が出てこないんです。

苦労知らずには経験がなくて、わからないでしょうね。

苦労知らずは何も知らずに暮らせていいなぁ~

自身が子を持つ親としては、兄妹の親に違和感を感じます(漫画なのでそれを言っちゃおしまいですが笑)
ひきこもりに対して親が寛大すぎる。しかも2人も。
育て方が悪かったんだろうなと勝手に思いながら読みました(余計なお世話笑)
ご都合主義がつまった一冊でした。

言い訳をしながらこき下ろし言いますが(笑)、「ご都合主義」は突っ込めますね。

どういう意味で、ご都合主義なのでしょうか。

少なくとも言えることは、ニートや引きこもりは、異常な人間で惨めな生活として描かないのはおかしい、という固定観念のほうが、よほどご都合主義です。

自分が苦労して働いた賃金で生活しているせいか、とにかく親に頼りきりな兄弟にとにかくイライラする。

じゃあ、みなさんは、親の世話には絶対なっていないのでしょうか。

生活費を節約するといって実家で飯を食うやつ。

世話にならないと言いながら、それは生前だけの話で、親が亡くなればしっかり相続する奴。

「孫を見せるのが最大の親孝行」ということにして、子守をさせる奴。

みんな、親の世話になってんだろう。

何をエラソーに……。

マンガだからとはいえ、ニートが二人いて許容している親に違和感がある。

このレビュアーは、本作とは言わず、ドラマも映画も含めて、物語は一切近づかないほうがいいでしょう。

いいですか。

創作物というのは、不倫だろうが殺人だろうが、シタ側の「そうせずにはいられない」葛藤や心理描写を描くところが醍醐味なのです。

真面目なサラリーマンが、無遅刻無欠勤で働き、ルール違反もぜったいおかさない無機質な人間性を描けば気が済むのですか。

要するに、これらのコメントを読むと、創作物に対する自由さを許さない、頑迷な社会観・人間観を感じ取れ、私にはニートや引きこもりなどより、そちらの「闇」のほうがずっと気になりました。

漫画にちゃんと描かれているんだけどね

そもそも、このレビュアーたちは、作品をちゃんと読んでないですね。

それで作品レビューを書くのは、作品や作者を冒涜していますよ。

守が、たんなる怠惰なダメ人間でニートをゃっているわけではないことは、随所に描かれています。

たとえば、264話「普通な人」によると、守は中学時代サッカー部で、高校時代はバイトもしている「普通な人」だったことが描かれています。

また、第178話「今年の漢字」では、兄妹にとって「今年の漢字」はなんだろうという話になり、守が「家」だろうと答えたところ、去年も今年もそして来年もいるであろうことから春子も「家」と答え、ニートにとっては「人生の漢字」だとまとめようとしたところ、守は「そう甘くはないだろ」と突っ込んでいます。

つまり、ニートの暮らしでずっと過ごせるほど甘くない、ということもわかっているのです。

石井家の父親も、同僚の増山に第176話「信用」で、守がニートであることについて、「でも上の子は昔から周りに流されず、自分で考えて行動できる子だったからな。今の状況もなにか考えがあるんだと思うよ」と語っています。

第5巻の巻末「幼少期のふたり」では、クワガタ探しで勝手に遠くへ行ってしまった春子がスズメバチに目をつけられますが、守がそれを守って刺されないようにしたため、自分が頭を何箇所も刺されてしまいます。

父は、守にこう言います。

「春子を助けてくれてありがとう。この恩は一生忘れない。父としてではなくひとりの男として誓う。これから先、お前がどこで何をしても、私は常にお前の味方だ。これだけは覚えておいてくれ」と。

ですから、妹思いの守が、あえて自分の人生を犠牲にしてニートになり妹を守り続けていることを示唆し、父はその真意にかかわらず見守ろうという暗黙の了解があるのです。

こういうところ読み取れないレベルでレビューされても、作者も困ってしまうでしょう。

ニート・引きこもりの賛否と作品の評価は別問題

整理しますが、ニートはけしからん。その意見は、もちろん「あり」です。

登場人物のキャラクターは気に食わん。

それも「あり」です。

だからといって、ニートを、その側から人間らしく描くこと自体を否定するのはおかしいだろう、というのが私の意見です。

ましてや、そんなのは知的障害だ、なんてレッテルはヘイトであり論外です。

みなさんは、いかが思いますか。

本書は、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。

以上、働かないふたり(吉田覚、新潮社)は、対人恐怖症の妹と、インテリなうえに友達もいる“エニート”な兄のニート兄妹の暮らしを描いた、でした。


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