
立石一真など紹介するのは『大企業立志伝 トヨタ・キヤノン・日立などの創業者に学べ』 (桑原晃弥著、SBクリエイティブ)です。自動改札機やATMの世界初を実現した創業者。「できません」と言うな、という名言が有名な実業家です。(文中敬称略)
長い歴史をもち、今でも成長を続けるトップ企業にも、創業や成長過程では多くの苦難があった。創業者たちはどのように苦難を乗り越えて、トップ企業に育て上げたのか?
その答えを探ったビジネスパーソン必読の書が本書、『大企業立志伝 トヨタ・キヤノン・日立などの創業者に学べ』 (桑原晃弥著、SBクリエイティブ)です。
紹介されている創業者は、トヨタ自動車、リコー、キヤノン、ヤマハ、セイコー、森村グループ、ミズノ、ブリヂストン、スズキ、森永製菓、日立製作所、花王、ヤンマー、クボタ、グリコ、オムロン、ブラザー工業、伊藤ハムなどです。
その中で今回は、オムロンの創業者である立石一真(たていし かずま、明治33年(1900年)9月20日 – 平成3年(1991年)1月12日)にフォーカスします。
自動改札機やATMの世界初を実現
当社では、毎年 #地域貢献活動 の1つとして古切手の回収、整理を行っています。
使用済み切手を整理し、使用済み切手収集家に買い取っていただきます。
そこで得たお金は地域の施設などに募金しています。 pic.twitter.com/qCEBBKHJWI— オムロン ヘルスケア(公式) (@omron_hc_pr) December 13, 2024
立石一真は、熊本県熊本市(現・熊本市中央区)新町に生まれました。
立石家は祖父の孫一の代に、伊万里焼で有名な佐賀県伊万里の地で、焼き物を習得し熊本に移住、「盃屋」を開業して大成功していました。
しかし、祖父が亡くなってからは一気に家が傾いたといいます。
さらに、父親も亡くなり、当時小学1年生だった一真は、祖母、母、弟2人という一家5人を食べさせていかなければならないため、新聞配達で暮らしを支えました。
本人は、義務教育の小学校を卒業したら労働に専念するつもりでしたが、教師たちのすすめもあり、一新尋常小学校(現・熊本市立一新小学校)、旧制熊本中学校(現・熊本県立熊本高等学校)を経て、1921年(大正10年)熊本高等工業学校電気科一部(現・熊本大学工学部)まで進みました。
早くから技術に興味を持ち、特に電気工学に関心を抱いていた一真は、高等教育を受けた後、電気技術者としてのキャリアをスタートさせ、国内外の技術革新を学ぶ機会を得ました。
その後、兵庫県庁での勤務を経て、1930年(昭和5年)に「彩光社」を京都市にて設立。
1933年(昭和8年)にオムロンの前身である「立石電機製作所」(重電用機能部品を生産)を設立しました。
戦後、オートメーションの必要性からマイクロスイッチなどを自社開発し、当時の同社の資本金の4倍もの資金をかけて中央研究所を設立します。
創業当初は、信号機やリレーなどの制御機器の製造を行っており、当時としては革新的な技術を追求していました。
主要な製品の開発は、まず信号リレーの革新。
当時、日本では高品質なリレーの生産は困難でしたが、立石の製品は信頼性の高い技術で市場を席巻しました。
そして、自動販売機の開発。1960年代、世界初の完全自動化された駅の改札機や自動販売機を開発し、社会インフラに大きな変化をもたらしました。
ここで計算能力をもつ体温計、自動販売機、自動改札機などの製品を次々と発明し、オムロングループを一代で大企業に育て上げました。
立石一真は、単なる利益追求ではなく「社会的課題を解決すること」を企業の使命と考えました。
この理念は、「企業は社会の公器である」というオムロンの基本方針として知られています。
立石は、未来予測と社会問題解決のために「SINIC理論(Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic)」を提唱しました。この理論は、科学技術と社会の進化を相互作用として捉え、技術革新がどのように社会を変革し得るかを示したものです。
「できません」と云うな
血圧測定時はリラックスして正しい姿勢で測りましょう?
<上腕式血圧計(巻き付けタイプ)の場合>
? 背もたれにもたれてリラックス
? 測定位置を心臓の高さに合わせる
? 測定中は動かない&話さない詳しくはお手持ちの血圧計の取扱説明書をご覧ください?? pic.twitter.com/pm51qsBn4W
— オムロン ヘルスケア(公式) (@omron_hc_pr) December 26, 2024
その他、立石については評伝として、『「できません」と云うな―オムロン創業者 立石一真』(湯谷昇羊著、ダイヤモンド社)、自伝として『人を幸せにする人が幸せになる: 人間尊重の経営を求めて』(立石一真著、PHP研究所)が上梓されています。
それらによると、祖父と父親がなくなったのに、苦学しながら現在の熊本大学工学部まで進んだときは、湯谷の書のタイトルどおり、『「できません」と云うな』と、自分自身に言い聞かせ卒業したそうです。
一家の暮らしを助けなければならない、という事情は公然としていたので、挫折する(学校に行くのを諦める)ことはいつでもできました。
しかし、技術者として一人前になるためには、どうしても教育が必要であるとの信念があったそうです。
大晦日の記事にも書きましたが、凡夫は「できない理由」、自己実現した人は「しなければならない理由」を想定することで明暗が分かれる、その後者の典型的なパターンです。
そして、単なる利益追求ではなく、「社会的課題を解決すること」を企業の使命と考えたのも、他の成功した創業者と同じです。
それがない人は、いっときは儲けても「盛者必衰の理」で、早晩消えゆくようになっていますね。
成功するには、確かに時代とタイミング(つまり運)は大事ですが、自分の側で何をすべきか、というのはこうした偉人・成功者たちの生き様を見ていくと、なんとなくですがわかってきたような気がします。
オムロンと言うと、血圧計、体温計、体重計、低周波治療器、電動歯ブラシ、万歩計……
個人・家庭向けの製品も豊富ですが、お使いのものはありますか。
