
山田安民(ロート製薬創業者)を紹介する『財界闘将伝』(人物評論社)をご紹介します。国立国会図書館で見つけた貴重な資料です。ロート製薬といえば、単独スポンサーとして数々のテレビ番組を育ててきましたが、その創業者にスポットを当てます。(文中敬称略)
ロート製薬の創業者は、薬剤師・山田安民(やまだ やすたみ、1868年2月23日(慶応4年2月1日) – 1943年(昭和18年)4月13日)です。
1899年(明治32年)に、資本金3000円で「信天堂 山田安民薬房」を創設、胃腸薬「胃活」を発売しました。
それがロート製薬株式会社の始まりです。
山田安民は、当初から目薬の製造に力を入れており、特に「羅漢柏葉散(らかんはくようさん)」などの目薬が評判を呼びました。
その後、社名を「ロート製薬株式会社」に改称し、現在では目薬以外にもスキンケア製品や医薬品などを幅広く展開するグローバル企業となっています。
胃薬と目薬が人気商品に
ロート製薬の豊洲のドローン
ここで笑ってた pic.twitter.com/X7vj3EaXIL— 馬美肉 (@chiastolite) March 22, 2024
山田安民は、大和国宇陀郡池上村(のち奈良県宇陀郡伊那佐村池上、現・奈良県宇陀市)の農家出身。
幼名が卯之吉といいます。
またしても改名経験者です。
16歳で家督相続し、東京法学院(現在の中央大学)に入ります。
実弟は重舎。津村家に養子に入って東京商業(現在の一橋大学)に通い、のちにバスクリンでおなじみの津村順天堂を創業します。
農家ですが、兄弟どちらも学業を重んじ、さらに同じ製薬業を創業するというのは、めずらしいケースですね。
安民は、父方遠縁の森田源右衛門の売薬業を手伝っていましたが、病を得て療養中に胃薬に注目。
大阪でロート製薬の前身である薬種商「信天堂山田安民薬房」を開業し、胃腸薬「胃活」を販売し大ヒットしました。
これは、現在の「パンシロン」続く同社の代表的商品です。
渥美清のCMが印象に残ります。「パンシロンでパンパンパン……」
本書によると、「當時に於ては、今日のわかもと、長尾欽彌以上の成功ぶりであろうと想像される」と書かれています。
長尾欽彌は、若本春夫とともにわかもと製薬を創業した人です。
「わかもと」の名は共同創業者の若本春夫の名前に由来していますが、長尾欽彌は経営や事業の拡大において重要な役割を果たしました。
今も有名ですよね。強力わかもと。
山田安民が、次に考えたのは目薬でした。
特に「羅漢柏葉散(らかんはくようさん)」などの目薬が評判を呼びました。
製品名に含まれる「柏葉(はくよう)」は、目薬に用いられる薬草の一種で、炎症を抑える効果が期待されたと考えられます。「羅漢」という名前は、おそらく親しみやすさや高潔さを象徴するために採用されたと推測されます。
要するに、目の疲れや炎症の緩和、視力の改善を目的として作られました。
Vロートシリーズ、なみだロートシリーズも、バージョンアップを続けるロングセラーです。
1973年、髪が長くおでこ広めの、マリー・アスキュー(当時15歳)が目薬をさすなみだロートのCMのインパクトは、宮崎美子のミノルタX-7のCMとともに、伝説化されています。50年前ですが、澳の深いイメージビデオ的CMです。
ロート製薬 なみだロートCM 1973年 https://t.co/YmXWQxjWrK #sm2928249 #ニコニコ動画 #ロートのCMといえば
— しんべえ (@s_shinbei) September 7, 2017
社名は、1909年、ドイツ・ミュンヘン大学のアウグスト・フォン・ロートムント博士に師事していた眼科医井上豊太郎が、処方した点眼薬を調製し、博士の名前から「ロート目薬」と命名したそうです。
山田安民の目のこだわりはそれだけでなく、1920年3月には、郷里の奈良県に「私立奈良盲唖学校」(現在の奈良県立盲学校・奈良県立ろう学校)を創設しています。
現在のロート製薬は、スキンケア・美容事業や再生医療にも事業を展開しています。
本書によると、山田安民は、
1.時宜を得た商品を開発し
2.広告については販路拡大のため積極的に行ったが
3.敢えて大なる廣告(誇大広告)を採らず率直にその効能のみを周知させるにとどめ
4.工場の清掃、整理にうるさく、1917年(大正6年)には102条にもわたる長文の店則が作られた
といいます。
現在に比べればユルイですが、戦前も、現在の薬機法(薬事法)に相当する薬品の取り締まりや規制を行う法制度は存在していました。
山田安民は法律学校を出ていたので、そのへんも知っていて、きちんとしていたんでしょうね。
それがまた、消費者の信頼につながるわけです。
また、本書は、「氏程の信望を以てすれば、名誉職としてその名を成すのも決して困難ではないのに、ひたすら一意専念、家業をのみ護る所に、氏の面目、躍如たりではないか」と書かれています。
会社を大きくしても、自社役員だけで、名誉職や公職には一切つかなかったという話です。
そのため、偉人伝、起業家評伝などがなく、今回も国会図書館で、90年も前の書籍をご紹介した次第です。
ロート製薬はテレビ番組もスポンサードした
いろんな #ロート製薬
◯「#底ぬけ脱線ゲーム」(#日本テレビ、1963~1973、最高視聴率34.3%)
◯「#アップダウンクイズ」(#毎日放送、1963~1985、最高視聴率27.1%)
◯「#ほんものは誰だ!」(#日本テレビ、1973~1980、最高視聴率26.3%)
◯「#クイズダービー」(#TBS、1976~1982、最高視聴率40.8%) pic.twitter.com/5xEiwZI805— らくはく (@rakuhaku1853) December 9, 2024
私のような昭和に人生の半分を過ごした者は、ロート製薬単独提供のテレビ番組を見て育ったといっても過言ではないでしょう。
現在は、コストや責任の軽減から、ひとつの番組を何社かによってスポンサードしていますが、平成の最初の頃までは、ロート製薬、パナソニック(ナショナル)、日立、東芝、三菱電機、不二家、大正製薬、象印(マホービン)、東リ……大企業が、単独で番組をスポンサードする人気番組が各局ありました。
ロート製薬で記憶しているのは、日本テレビの『底ぬけ脱線ゲーム』『ほんものは誰だ!』、TBS系の『お笑い頭の体操』→『クイズダービー』、『アップダウンクイズ』などです。
ロート製薬は、クイズ番組が好きだったんですね。
農家でありながら、家業を継がずに進学して製薬業を営んだ経験から、教養の尊さを伝えたかったのかもしれません。
パンシロンや、なみだロート、使われたことありますか。
