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「障害者の子、いない方がまし」との女性教師ツイートを受けて「健常者が障碍者を食わせている」というツイートもMMTは否定

「障害者の子、いない方がまし」との女性教師ツイートを受けて「健常者が障碍者を食わせている」というツイートもMMT的には否定

「障害者の子、いない方がまし」と、特別支援学校の女性教員が同僚や上司の悪口なども含めてTwitter投稿したことが話題です。それを受けて、「この教師は障碍者に食わせてもらっているのに」という批判コメントがつくと、「健常者が障碍者を食わせている。生産性のないことに税金をつぎ込(んでいる)」との反論もありました。本当にそうでしょうか。

処分以前に精神のケアが必要

群馬県の特別支援学校に勤務する60代の女性教員が、ツイッターに障害者を差別する内容の投稿をしていたことがわかったといいます。

県教委も事実を把握し、女性教員の処分も含めて検討しているそうです。

特別支援学校に勤務しながら、障碍者を差別するツイートだったということで、そこだけに話題が行きがちですが、併せて上司や同僚の実名を挙げて批判していたことも含めて私は気になりました。

まず、60歳にもなって、そして教員なのに、ネットが不特定多数に読まれるものであるすら認識できていないこと。

そして、ツイートしたくなるほど職場の不平不満を唱えている精神状態。

処分は免れないと思いますが、カウンセリングも必要ではないでしょうか。

教員というのは、だいたい大学を出てからすぐに教壇に立つので、往々にして世間知らずです。

そして、教育は物ではなく人を相手にするので、簡単に述べると忙しい。気が休まらない。

可愛そうな職業だなと思います。

もちろん、ここまで徹底した世間知らずの非常識な教員は稀有ですから、この件で同情はしませんが。

まとめ記事です。


もうひとつ気になったのは、それに対するコメントです。

533ニューノーマルの名無しさん2021/01/21(木) 20:23:33.59ID:RNzdKn730>>586
障碍者をどう思うか、という問題と違うぞ。
それ以前の話。
障碍者に食わせてもらっているbbaが何を抜かすか、ということ。
というか、上司や同僚の実名を挙げて批判していたそうだから、
サイコパスかもしれないけどな。

586ニューノーマルの名無しさん2021/01/21(木) 20:25:40.39ID:k+Uw2INT0
>>533
食わせているのは納税者だろw
生産性のないことに税金をつぎ込むという意味では役人にとって差異はないのだろうが


「586」のコメント、どう思いますか。

杉田水脈なる議員の暴言があれだけ問題になったのに、性懲りもなく「生産性のない」などという表現が出ること自体、このコメント者も、病んでいるのではないかと思いますが、いかがでしょう。

この「586」のコメントには、2つの誤りを指摘することができます。

誰しも障碍者になり得るのに介護サービス事業を否定できるのか

まずひとつめは、まさに福祉予算、介護サービスなどを「生産性がない」と思いこんでいることです。

「533」のコメントの「障碍者に食わせてもらっている」という件はもっともでしょう。

この60歳の女性教師は、再任用だったそうですが、障碍者によって雇用の機会を作ってもらったのです。

介護サービス会社だってそうでしょう。

障碍者あっての産業です。

しかも、介護サービスの事業内容には、障碍者のデイサービスだけでなく、高齢者のヘルパー、デイサービス、なども行っているところもあります。

介護サービスの会社があることで、家族が自分の時間、労働の時間を持つこともできますから、二重にGDPに貢献していることになります。

違いますか。

それと、散々書いていますが、なにより人間は誰でも障碍者になり得るのです。

そして、寿命があれば間違いなく高齢者となり、精神力体力とも落ちます。

そのときに、面倒を見てくれる人がいなかったら大変でしょう。

障碍者なんて、とバカにしているあなただって、いつ直腸がんでストーマの世話になり、障碍者手帳をいただくかわからないんですよ。

脳梗塞で、自分の足で歩けなくなるかもわからないんですよ。

そんなとき、誰が車椅子を押してくれるのかな。

社会を動かすためのセーフティネットとして、介護事業は必要ということが理解できないのでしょうか。

健常者が障碍者を食わせているのか?

もうひとつは、貨幣論の問題です。

つまり、MMTの視点から否定せざるを得ない点があります。

それは、国民が障碍者を食わせている、という見方です。

つまり、健常者が障碍者よりも多めに税金を払い、そこから福祉にお金が分配されるから、健常者が障碍者を食わせている、というロジックのようです。

繰り返しになりますが、そもそもその障碍者に、明日の自分がなるかもしれないんだ、ということは忘れてはなりません。

そして、これも毎回書いていますが、私たちの暮らしは税金の再分配で賄われているわけではありません

言い換えると、福祉に使ったから、健常者にとって必要な予算がそのぶんだけ減る、という関係ではありません。

国家予算は、確定申告で徴収し終わる前に、その年度の予算を決めるじゃないですか。

そして、必要なら補正予算を追加するじゃないですか。

お金が必要なものは、税収と関係なく予算を組んでいる、ということでしょう。

もちろん、増収によって予算を広げたり、減収で予算を縮小したりする口実にはなりますが、直接その貨幣がまわっているわけではない、という意味です。

ですから、福祉に対する予算決定は、健常者がいくらいくら納税したからということが本質的な問題ではなく、国としての価値観・文化、その時々の社会情勢によるところが大きいのではないでしょうか。

ですから、健常者が障碍者を食わせているなどという言い方はまちがい。そしておこがましい。

以上、「障害者の子、いない方がまし」との女性教師ツイートを受けて「健常者が障碍者を食わせている」というツイートもMMT的には否定、でした。

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