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参政党・神谷宗幣代表が「高齢女性は子ども産めない」と発言。現代社会の多様性や個人の自由を損なう危険性を孕んでいると話題に。

「生むために生きている」人生観への違和感と現代社会の現実

参政党・神谷宗幣代表が「高齢女性は子ども産めない」と発言し、さらに過去には「天皇に側室をもってもらうべき」といった発言も行っていたことが、社会的な波紋を広げています。これらの発言は、女性だけでなく男性、さらには皇室までも「生むために生きている」かのような価値観を前提としている点で、多くの人々に違和感や反発を与えています。

神谷代表は「生物学的な事実」として高齢女性の出産の難しさを強調し、少子化対策の一環として若い女性に出産を促す社会環境の整備を訴えました。


しかし、こうした発言は、個人の人生設計や価値観の多様性を軽視し、「生むこと」だけを人生の目的とするような一元的な見方を助長しかねません。

子を持つかどうかは個人の自由

まず大前提として、子どもを持つかどうかは、その人自身の人生設計や価値観に基づく自由な選択であるべきです。現代社会では、結婚や出産を選ばない生き方も広く認められるようになってきました。にもかかわらず、「生むこと」を社会的な義務や役割として強調する発言は、個人の自由を侵害するものです。

また、神谷代表の「天皇に側室を」という発言は、皇室のあり方や個人の尊厳にまで踏み込むものであり、現代の人権意識や民主的価値観から大きく逸脱しています。皇室の方々も一人の人間であり、人生の選択肢は尊重されるべきです。

現代社会における「生殖の前提」の崩壊

ここでまた、しばしばご紹介する筋肉弁護士の意見を引用します。

パレートの法則(80:20の法則)というのがあるが、「出産子育て適齢期」の男女関係についても当てはまるといいます。

いわゆる「三高(高収入、高学歴、高身長)」の男性は全体の20%。

釣書きや財力、見てくれを欲しがる「玉の輿志向」の女性たち80%は、その20%の男性に集中する。

すると、「非三高」の80%の男性はあぶれる。

彼らは、「三高」にこだわらない残り20%の女性から探すが、最大限まとまっても、60%の「非三高」男性があぶれる。

一方、20%の「三高」男性に群がった80%の「玉の輿志向」の女性たちも、60%があぶれる。

あぶれた60%同士が結ばれればいいが、そうはならないから、結婚し損なう男女が一定数出てくる。

まあ実際には結婚は男女対等の問題ですし、「三高」男性が、かならずしも「玉の輿志向」の女性を選ぶとは限らないので、話はそう単純なものではないことはたしかです。

ただ、何をいいたいのかというと、格差や、まだまだ残っている男性社会、裏を返すと「世間体のいい男性」を渇望する「古典的な女性」の存在、という現実がある以上、マクロな統計としてこの「パレートの法則」は、当たらずといえども遠からずではないかと思えます。

縁談がまとまらなければ、子どもは作れません。

神谷代表が、「生殖繁栄こそ我が党の政策」と自信を持って言い切るのなら、この出産子育て適齢期でも結婚できない一定数が出る問題に対して何らかの方策を述べるべきです。

「もっと子どもを産め」というメッセージだけでは、すでに困難を抱えている人々をさらに追い詰める結果になりかねません。

結婚・出産の「前提」が揺らぐ現代

そもそも、子どもを生み育てるための「前提」とされる結婚自体が、現代の日本社会では容易ではありません。格差の拡大やワーキングプアの増加、非正規雇用の不安定さなど、経済的な困難が若い世代を直撃しています。

「生むこと」だけが人生の目的ではない

社会の持続性や少子化対策は重要な課題ですが、「生むこと」だけを人生の目的とするような価値観の押し付けは、個人の尊厳や多様な生き方を否定するものです。現代社会は、さまざまな生き方や家族の形を認め合い、誰もが自分らしく生きられる社会を目指すべきです。

おわりに

神谷宗幣代表の発言は、少子化や人口減少という現実的な課題に対する危機感から出たものかもしれません。しかし、その根底にある「生むこと」至上主義的な人生観は、現代社会の多様性や個人の自由を損なう危険性を孕んでいます。今こそ、誰もが自分らしい人生を選択できる社会の実現に向けて、制度や価値観の見直しが求められています。

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