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お盆や葬儀、法事などの際、お経を聞きながら数珠を持って拝んだり、焼香したり線香を上げたりといった参加者の所作があります。

お盆や葬儀、法事などの際、お経を聞きながら数珠を持って拝んだり、焼香したり線香を上げたりといった参加者の所作があります。

お盆や葬儀、法事などの際、お経を聞きながら数珠を持って拝んだり、焼香したり線香を上げたりといった参加者の所作があります。それは仏教宗派によって違うのですが、Instagramで葬儀会社が上げているその説明動画が不正確な部分があったので、ツッコミを入れてみます。

先日、「お盆」について、仏教から見た「本当の話」を記事にしました。


そこでは、「お盆」の由来について書きましたが、今日は具体的な所作について書いてみます。

お盆だけでなく、葬儀や法事も含めて、仏事には特有の所作があります。

それは、宗派によって異なります。

そこを間違えると、喪主や亡くなった人に対して失礼にあたります。

にもかかわらず、葬儀会社がInstagramにアップしていた「葬儀の所作」の動画は、ツッコミどころがあったので、今回「所作の本当の話」をまとめてみました。

「数珠」ではなく「お念珠」(浄土真宗)


お盆では、お墓参りや法要(棚経など)で合掌する際に数珠(念珠)を使用します。

動画では、何の留保もつけず「数珠」と呼んでいましたが、浄土真宗では、一般に「お念珠」という呼び方をします。理由は、煩悩の数を数える道具という意味ではなく、阿弥陀仏とのご縁をいただく法具という考え方があるためです。

線香の扱い方

線香については、立て方と本数が宗派によって違います。

ここがいちばんむずかしいところかもしれませんが、動画は説明が足りていません。

浄土真宗だけが、線香を寝せます。

これは、「煙で身を清めるためではない」「火種が長く続く必要がない」など考え方に基づいているといわれます。

本数にも意味があるのです。

三本立てる宗派では、

例えば

仏・法・僧(三宝)
過去・現在・未来

などを表すと説明されることがあります。

ただし、実際には、「仏壇が小さい」「香炉が小さい」などの理由から、天台宗や真言宗の家庭でも普段は一本だけ立てている例は珍しくありません。

つまり、

寺院の正式な作法と一般家庭の日常では違うことがあります。

ちなみに、浄土真宗の葬式は、手水(ちょうず)で身を清めることも、葬儀後に塩をまくこともしません

理由は、「死は穢れ(けがれ)ではない」という考え方をとるからです。

神道では、死は「穢れ」と考えられるため、手水で清めることがあります。

しかし浄土真宗では、

人は阿弥陀仏の本願によって救われる。
死そのものを穢れとは考えない。

という立場です。

他の宗派が、手水と塩を採用しているのは、やはり神仏習合による、神道の影響を受けているのだろうと思います。

線香の火を手であおぐ

動画では、線香に火をつけた際、残っている炎を手であおいで消していますが、私から見てこれはまずい所作だとつっこめます。

なぜなら、万が一、煙とともに火も散って、燃え移らないとも限りません。

最悪なのは、口で吹き消すことです。

「人間の不浄なクサい息を仏様に吹きかける」ことになるからです。

動画が手であおいでいるのは、もしかしたら、「絶対に口で吹いてはいけませんよ」というメッセージを誰にでも分かりやすく伝えているのかもしれません。

私なら、線香を上から下に軽くスッと下ろします

それで炎は消えるし、煙の行き先も真っ直ぐなままです。

ただ、これは経験も必要なことかもしれないので、ご自宅に仏壇のある方は、日頃から線香を上げる習慣をつけられたらいいのではないかと思います。

弔辞について

お身内が亡くなったという「訃報」が、たまにSNSや個人ブログの記事に投ぜられます。

その際のコメントにも注意が必要です。

何かというと「ご冥福をお祈りいたします」「お悔やみ申し上げます」と書かれるのですが、浄土真宗の人にそれはホント、NGですからね

そういうところで、常識がある人かどうか見透かされちゃいますから。

浄土真宗は、悪人もお浄土に行って成仏するので、「死後は幸せになってください」「冥土(死後の世界)をさまよわないでください」などというのは、失礼千万な言い方なんです。

「安らかにお眠りください」とか「天国で安らかに」もだめです。

無難なところで、「ご愁傷(しゅうしょう)様です」がいいでしょう。

私は、浄土真宗、もしくは宗派がわからないときは、「生前のご遺徳お偲び申し上げます」で統一しています。

逆に、のべつまくなしに「南無阿弥陀仏」と書くのも絶対にだめです

勘違いされているようですが、「南無阿弥陀仏」はお悔やみの言葉ではありません

阿弥陀仏を信じることで、阿弥陀仏から聞かせていただく(自分が唱えても浄土真宗ではそのように表現します)名号ですから、信じてもいない人間が、やたらと口先で唱えてもそこには何の意味もないものです。

浄土真宗の信仰者にも失礼ですから、それは謹んでください。

ということで、みなさんは、お盆や法事などで檀家や信徒になっている宗派の所作は理解されていますか。


面白いほどよくわかる神事・仏事のしきたり: 冠婚葬祭、年中行事、日常の所作まで、知っておきたい日本人の心得 (学校で教えない教科書) – 渋谷 申博

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