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ニュース番組やワイドショーに登場するコメンテーターたち。私たちは無意識のうちに語られる言葉を鵜呑みにしてはいないでしょうか。

ニュース番組やワイドショーに登場するコメンテーターたち。私たちは無意識のうちに語られる言葉を鵜呑みにしてはいないでしょうか。

ニュース番組やワイドショーを見ていると、さまざまな「専門家」が登場します。「経済アナリスト」「心理評論家」「危機管理コンサルタント」。画面の下に流れるテロップには、もっともらしい肩書が並びます。しかし、その肩書はどこまで信頼できるものなのでしょうか。

改めて考えてみると、意外と曖昧な部分が多いことに気づきます。

「コメンテーター」に定義はない

まず確認しておきたいのは、「コメンテーター」という肩書には、公的な定義も資格も存在しないということです。

テレビ番組などで自分の意見や考えを述べる人を指し、研究者や文化人などの有識者、実務経験者(医療従事者や法曹関係者など)、ジャーナリストが多いですが、専門知識を有さないタレントがコメンテーターとして出演することもあります。

資格試験も審査機関も存在しません。

テレビ局が「この人を呼ぼう」と判断すれば、その日から「専門家コメンテーター」として画面に登場できるのです。

テレビ局が「本当に詳しい人」より「話が上手い人」を選ぶ理由


では、テレビ局はどのように出演者を選んでいるのでしょうか。

元テレビ朝日プロデューサーの鎮目博道氏は、その内部事情を明かしています。
https://president.jp/articles/-/35592?page=2

テレビの業界人は、ついつい「話がわかりやすくて」「見た目が良かったり爽やかだったりして」「テレビ的なことを理解してくれている」人を優先して番組に呼びがちです。

キャスティング担当者からは、「専門家の「つまらない話」が怖い」「本当に詳しい人」より「テレビ番組に出演し慣れていて、話が上手い人に解説してもらった方がいい」という声が上がることもあるといいます。

視聴率を取るための番組づくりと、正確な情報を届けるという報道の使命は、必ずしも一致しません。

「わかりやすさ」を優先した結果、「専門性の深さ」が後回しになるという構図が、テレビの現場では起きやすいのです。

「専門外のことも話す」という問題

さらに根本的な問題があります。

コメンテーターが、自分の専門分野以外のテーマでもコメントを求められる、という慣行です。

取り上げるテーマも、それぞれの専門分野と必ずしも関係があるとは限りません。

「はい、どうぞ」とテーブルに出された料理を食べて感想を求められ、「おいしいですね」と食レポ的なリアクションをするという側面も否めません。

だから発言も印象論になりがちです。

つまり、トーシロの私たちの感想と同じです。

経済の専門家が犯罪心理を語り、医師が外交問題にコメントする。

視聴者には、「専門家が言っている」という印象が残りますが、実際は専門外の「個人の感想」に過ぎないことも多いのです。

「情報源として最重要」なのに「信頼度」は新聞以下

総務省が2025年に公表した調査によると、「情報源としての重要度」では全年代でテレビが81.3%と最も高い一方、「メディアとしての信頼度」は新聞が59.9%で最も高く、テレビはそれを下回っています。

この矛盾が、問題の核心を示しています。

多くの人がテレビを主要な情報源として使いながら、信頼度では新聞に劣ると感じている。

それでも見てしまう、信じてしまうのが、映像メディアの持つ力です。

「肩書」を読み解く3つのポイント

では、視聴者はどう向き合えばよいのでしょうか。

AIのClaudeに尋ねたところ、専門家コメントの信頼性を測るための実践的な視点を3つ挙げます。

1.その「肩書」は今のテーマと一致しているか
「医師」が医療問題を語るのと、「医師」が政治を語るのは全く別の話です。肩書と発言テーマが一致しているか確認する習慣が大切です。

2.「評論家」「アナリスト」「コンサルタント」に注意する
これらの肩書には資格や規制がありません。誰でも名乗れます。

対して「弁護士」「医師」「公認会計士」などは国家資格が必要であり、発言に一定の担保があります。

3.発言が「事実」か「意見」かを分けて聞く
不確かな情報をよりどころに、テレビという公の場で発言することは許されません。

言論の自由は保障されなければなりませんが、どんな発言をするにせよ、発言は事実に基づかなければならないはずです。

コメンテーター自身もこの原則を自覚すべきですが、視聴者の側も「これは事実なのか、意見なのか」と問い続ける姿勢が必要です。

専門家の道は険しいもの

学者についていうと、たとえば「物理学者」といっても、量子力学の研究者にとって、素粒子論は専門ではありません。

学者は、自分が書いた論文のテーマにおいてのみ「専門家」なのです。

ましてや物理学以外は、むしろ一般の人よりも劣ると思ってもいいと思いますよ。専門バカってやつでね。

でも、〇〇学博士がテレビに出ていると、〇〇学以外の発言についても、博士がメディアで発言しているのだからと幻想をいだいてしまいがちです。

一部のタレントは、テレビだけでなく、ネットでも知名度を利用したインフルエンサーとして、いっぱしの言論人を気取っていますが、そのほとんどは体験談や感想文のタグいでしょう。

弁護士は、司法試験に合格するのに費やした勉強時間は3,000~8,000時間。

学者が博士論文を書き上げるのにおおよそ600時間~1,000時間、修士論文を書き上げるのに300~500時間、それ以外の関連科目履修にもかなりの時間を使っています。

それを背景に見解を述べるんですよ。

文化人ぶったタレントは、その何分の一でも時間をかけて何かを究めているのかな。

たぶんそんなことないですよね。

テレビのコメンテーターの「印象論」は鵜呑みにするものではなく、せいぜい自分で考えるきっかけにとどめたほうがいいと思います。

お気に入りの「コメンテーター」はおられますか。


テレビコメンテーター 「批判だけするエラい人」の正体 (中公新書ラクレ) – 中野雅至

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