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私の高校時代に同級生だった男が、自分が親の面倒を見たのに、相続は法的には弟と半々なのはおかしいと文句を言っています。

私の高校時代に同級生だった男が、自分が親の面倒を見たのに、相続は法的には弟と半々なのはおかしいと文句を言っています。

私の高校時代に同級生だった男が、自分が親の面倒を見たのに、相続は法的には弟と半々なのはおかしいと文句を言っています。まあ気持ちはわかりますが、法律がそうである以上、面倒を見る時点で覚悟すべきだったのではないかと私は思います。

インスタグラムに、「介護したのに相続は平等?知らないと損する話」という動画が流れてきました。

両親の相続について、子どもが長男と次男の2人だけで、ほかに相続人や特別な事情がない場合、原則として子ども2人の法定相続分は各2分の1です。

そのどちらかが介護をして、もう一人は何もしなかったとしても……です。

相続と介護は別問題なのです。

親の面倒を見た自分と何もしなかった弟夫妻に同じ権利


動画の内容は、法的にはどちらが親の介護をしようが、相続人の兄弟は権利が同じということになっていて、親に遺言でも書いてもらえ、という話です。

よくある話なんでしょうね。

冒頭に書いたように、私の高校時代の同級生が、これで揉めていたようです。

同級生は、10年ぐらい前に父親をなくし、数年前から母親が認知症になったらしい(はっきりとは言いません)。

そして、施設に入り、食べることもできなくなって胃ろうをつけるところまで話を聞いたのですが、その後は連絡をとっていないのでわかりません。

こういってはなんですが、そう長くはないでしょう。

その時点で、彼の弟の妻が「相続は半々だ」と言っていると、彼がこぼしていたのです。

彼は結婚しておらず、老後はお金だけが頼りなので、次男夫妻には遺産をやりたくないと言っているのです。

なんで、親の面倒を見た自分と、何もしなかった弟夫妻が同じ権利があるんだと。

といっても、私から見ると、直接の介護はほとんどなく、施設への手続きとか、そういう労苦があったということなんですけどね。

とにかく、彼(長男)は、親の面倒を引き受けなかった人間と、同じ割合で財産を分けることに納得がいかないのでしょう。

私は、弟さんのことも知らない第三者ですが、もし私が彼なら、彼とは少し違う考えです。

相続で過去の不公平を清算することよりも、彼がこれからの人生を安心して送れるようにすることが大切なのではないか、と思うのです。

当面の相続学よりも大切なこと

彼が腹を立てるのは理解できます。

自分は親の施設入所などの面倒な手続きをしたのに、何もしなかった次男が同じ割合を要求する。

これは、単純な金額の問題というより、自分の負担を認めてもらえないことへの怒りでもあるでしょう。

ただし、財産の分配によって、過去の不公平感が解消されるとは限りません。

それどころか、彼が相続分を多く得ても、次男夫妻との関係が悪化すれば、別の苦労が生じる可能性があります。

彼が独身で、子どももおらず、老後を支えてくれる家族が身近にいないのであれば、財産をどれだけ取得するかだけでなく、病気になったとき、判断能力が低下したとき、亡くなったときに誰が対応してくれるかが重要になります。

もし私が彼の立場だったら、「介護」をタテに骨肉の争いなんかヤッてないで、「半々、いいですよ」と渡しちゃえばいいと思います。

どうせ、いくら少し多めにとっても、自分が死んだら、その金は結局次男に行くものです。

かりに、彼より次男が先に死んだとしても、彼が死ねば結局次男の子供が相続するんだから。

どっちみち、次男家のものになっちゃうんですよ。

一方、彼はどう意地を張って自分の取り分を「より多く」確保したって、その金をあの世には持っていけません。

だったら、むしろ弟夫妻の要求を飲み、気持ちよくさせることで「貸し」を作っておいて、たとえば自分に何かあった時に施設等の手続きをしてもらうとか、祭祀承継をしてもらうとか、そういう約束でも取り付けたほうが、よほど賢いやり方だと思います。

もちろん、財産を譲ったからといって、その見返りとしてそれらを絶対にヤッてくれるとは限りません。

弟夫妻が約束を守るかどうかという問題もありますし、弟夫妻自身が高齢になったり、病気になったりする可能性もあります。

ただ、少なくとも骨肉の争いで、話し合いもできないような関係にするよりはずっとマシでしょう。

相続と介護は別問題

介護というのは、相続の時に有利になるために行うものではありません。

相続と介護はやはり別問題です。

介護は介護として、その責任の所在はどうすべきか、その労苦はどういう形で報いるものなのか、兄弟で話をしておくべきです。

それはそれとして、介護される人のコンディション次第ですが、もし自宅介護が可能な状態なら、自宅介護をしてもそれはそれで意義がまったくないとは思いません。

これは、介護した者でないとわからない感情かもしれませんが、介護される人と自分との親子関係(もしくは夫婦関係)とはいったい何だったのか、介護をしながら、その人の目の前でゆっくり振り返る時間になるからです。

介護は献身かもしれませんが、実は自分自身の人生の整理の時間にもなるということです。

その人が認知症でも、間欠温泉のように、ときどき突然出てくる「正気の時間」に、今まで聞いたこともなかったことを聞き出せる場合もあります。

人によっては、「介護は大変だったけど、してよかった」と思える場合はあるのです。

もちろん、それはその人の価値観の問題なので、「死に行く人の面倒を見るのは人生の貴重な時間の無駄」と考える人もおられるかもしれません。

それは、昨日の親子関係の記事と同じで、一括りに「正解」を決めることはできない問題だと思います。

ただいえることは、介護を相続の代償と考えず、それは区別したほうが良いということです。

みなさんは、相続や介護で揉めたご経験はありますか。それは、今回にあてはめると「長男」ですか、それとも「次男」ですか。


遺産分割における「介護」の取扱い-寄与分・特別寄与料・使途不明金・介護負担の不履行等- – 武内 優宏(弁護士), 合田 悠紀(弁護士)

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