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難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者である舩後靖彦参議院議員が、次期選挙への立候補をせず引退を表明しました。

難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者である舩後靖彦参議院議員が、次期選挙への立候補をせず引退を表明しました。

難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)患者である舩後靖彦参議院議員が、次期選挙への立候補をせず引退を表明しました。中途障害で人工呼吸器をつけ、特殊な機能やカスタマイズが施された電動車椅子舩後靖彦議員は、国会の施設を大きく発展させました。

舩後靖彦さんについては、以前もご紹介したことがあります。


舩後靖彦参議院議員はもともと、大学を出て、時計や宝石を輸入する専門商社で、6億円を売り上げるトップセールスマンだったそうです。

それが、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)に。

舩後靖彦さんの存在は、社会の最前線で活躍している人が、突然障碍者になってしまうことがある、ということを改めて気づかせてくれます。

つまり、障碍者・難病者を別の世界の人と思っているあなたの明日の姿かもしれないよ、ということを私たちに教えてくれています。

その舩後靖彦さんの6年前の当選は、障害者や難病者が政治に参加する上での物理的・制度的なバリアの解消を促す契機となりました。

他の障害を持つ候補者の選挙支援や、公共施設のバリアフリー化に関する議論が活発化。

「障害者差別解消法」の具体化や、合理的配慮の重要性が再認識されるきっかけにもなりました。


バリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)は、2006年12月20日に施行されているのですが、社会の隅々までそれが実践されているかというと、そうとはいえません。

障害者・難病者がどんなときにどう困っているか、その立場にならないとリアルに理解できないこともあると思います。

その意味で、舩後靖彦さんが国会議員になったことは、大変意義深いことだと思います。

バリアフリー化を更に進める


障がい者手帳を持っている国会議員は、これまで何人もいましたが、国会のバリアフリー化をまず実現したのは、不慮の事故で車椅子生活を余儀なくされた八代英太議員です。

タレント時代の1973年、ステージから転落して脊髄を損傷。下半身が動かなくなりましたが、「車いすを国会へ」をスローガンに1977年、参院選で初当選しました。

ところが、当時の国会は階段だらけで、議員会館も正面から入れなかったといいます。

1997年には衆議院議員に当選し、こちらもバリアフリー化を実現しました。

それが、舩後靖彦議員によってさらに進みます。

舩後靖彦議員の重度障害に対応するため、参議院本会議場に車椅子・視線入力装置対応スペースが設置されました。

舩後靖彦議員が使用している車椅子は、ALSの進行に伴う重度の身体障害に対応するため、特殊な機能やカスタマイズが施された電動車椅子なのです。

八代議員の時代と比べ、ICT技術を活用したアクセシビリティ(例:視線入力での採決)が大幅に進化しました。

採決方法も、八代議員時代に「起立不要方式」に変更され、さらに舩後議員が当選後は「視線入力での投票可能」になりました。

しかし、それらは単純に「科学技術や建築技術が進んだ」から変わったわけではなく、舩後靖彦議員が在籍したからこそ実現したのです。

もし、障害者・難病者議員がいなかったら、バリアフリー法という法律を作った肝心の国会が、時代遅れの施設のままだったかもしれません。

どの党も、口先ばかりで、実際にこういう方々を擁立しないでしょう?

れいわ新選組の英断だと私は思います。小さい政党だからできたことかもしれませんが。

やがてはみんな『障害』を持ち一生を終える

「誰一人として自分で障害を持ちたいと思った人はいないのよ。舩後さんだってそう、木村さんだってそう。産んだお父さんお母さんも障害を持った子どもを産みたいなんて思った人は誰もいない。『おれは障害者にならない』と思ったって、ぼくのように途中でなる人だっていっぱいいるわけ。そうはいっても健康で最後までいったって高齢化時代になると、足腰が弱ってくる、耳が遠くなる、目がしょぼしょぼしてくる。認知症とかいろんなことが出てくる。そうなると、『健康なときは短い時なんだ』、というぐらいの意識を持った方がいい。やがてはみんなすべて、そういう『障害』を持つんだから。そして一生を終えるんだから」(上掲OGPで八代英太さん)

つまり、国会のバリアフリー化は、八代さんや舩後議員のためだけでなく、(誰でもなり得る)障害者・難病者も国会に送り出せる公共的・公益的な意義があるのです。

ところが、舩後靖彦さんが議員であること自体に文句があるだけでなく、欠席が多いから歳費を返せなどという、維新の会の、音喜多駿のような生理的に気持ち悪いやつもいます。


いや、それなら、居眠り議員、どこの委員会にも所属せず本会議だけ出てくる「重鎮」議員などに言えよ、という話なんですが、強いものには何もいえないつまらないやつです。ま、自分も居眠り議員だしな。

というわけで、「障害者・難病者が議員になって何ができる」なんて思わないで、ぜひこうした功績を知ってください。


しあわせの王様―全身麻痺のALSを生きる舩後靖彦の挑戦 – 靖彦, 舩後, 美千子, 寮

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