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佐藤優さんが『プレジデントオンライン』で、「高齢者は安易に図書館に行くな」と語ったという刺激的な見出しが話題になっています

佐藤優さんが『プレジデントオンライン』で、「高齢者は安易に図書館に行くな」と語ったという刺激的な見出しが話題になっています

作家の佐藤優さんが『プレジデントオンライン』で、「高齢者は安易に図書館に行くな」と語ったという刺激的な見出しが話題になっています。一見すると、「学ぶな」と読めますが、その真意を丁寧に読み解くとむしろ逆で、「どう学ぶか」を問う提言であることが見えてきます。

仕事をリタイアされたあと、

ボケ防止のために図書館に通う
大学の公開講座に参加する

という方は少なくありません。

これは本来、健全なことです。

佐藤さんは、こうした行動について、「目的のない学び方」に警鐘を鳴らしています。

佐藤さんが述べる2つの懸念

今日の情報源です。


主張は大きく2点に整理できます。

1.目的がないと知識は定着しない

学びには「使い道」が必要です。

たとえば、

仕事で使う英語
試験合格のための勉強

といった明確な目的がある場合、知識は定着しやすい。

一方で、

なんとなく本を読む
時間が余っているから学ぶ

というスタイルでは、時間をかけた割に残らない。

特に高齢期は、記憶の定着にも工夫が必要になります。若い頃と同じやり方では通用しない、という現実もあります。

少し厳しい言い方をすれば、

「残り時間が限られている中で、身につかない学びに時間を費やすのはもったいない」

という問題提起です。

2.「老害化」への懸念

もう一つの論点が、社会的な振る舞いです。

公開講座などの場で、

目的が曖昧なまま参加する
自己満足的な発言が増える

といったことが起こると、

本気で学ぼうとしている人の妨げになる可能性があります。

いわゆる「老害」という言葉は刺激的ですが、本質は「学びの場の質」の問題です。

「楽しさ」も立派な目的である

佐藤さんと少し意見が異なるように感じられるかもしれませんが、私は、「勉強すること自体が楽しい」というだけでも十分に価値のある動機だと思います。

むしろ、

好奇心
知的な喜び

こそが、長く続く学びの原動力でもあります。

問題は、そこで終わるか、その先に「次の一歩(目的)」があるか、ではないでしょうか。

ネトウヨにならないためにも本は読もう

高齢者の学ぶ「目的」って、何も「試験に受かる」とか「学位を獲得する」ことだけではないと思うのです。

昨今はネットの時代で、誰でもブログやSNSで意見を発表できるようになりました。

そんなときに、誰に対しても恥ずかしくない意見を発表するには、ネットの無責任な書き込みのコピペではなくて、ちゃんと一次資料から真面目に調べて、知識を獲得する必要があると思うのです。

余談ですが、ネトウヨの定義ってご存知ですか。


このOGPによると、

1.本を読まない(ネットのショート動画やSNSのポストなど信憑性の担保されていない落書きを真に受ける)
2,自分の意見と合わないと、すぐ「左翼」のレッテルを貼る
3.反中国だがアメリカ従属には疑問をあまり抱かない←だから本当の保守ではない。
3.40~50代の男性が多い

とのことで、わたしに言わせれば、勉強の足りない中年主婦も、こんなの大勢いると思いますけどね。

ですから、私は、せっかく本を読むのなら、それでどうするのか、という「次の一歩」まで考えると、自分の身につきやすいですよ、ということを佐藤さんはいいたいのだろうと解釈しています。

たとえば、こんな一歩を加えるだけで学びは変わります。

・前述のように読んだ本の感想をブログに書く
・さらに深堀りした関連書籍を読む
・誰かに説明してみる

この「一歩」によって、知識は「自分のもの」になります。

「目的」は後からでもいい

私はこう考えます。

最初は「なんとなく読む」でもいい
でも、どこかで「どう活かすか」を考える

この順番でも十分です。

佐藤さんの主張は、

「学ぶな」ではなく
「学びを人生に接続してこそ意味がある」

というメッセージとして受け取るべきでしょう。

繰り返しますが、本は読まないより読んだほうがいいのです

ただし、

読んで終わるのか
次の一歩に自分の中に残すのか

その違いはとても大きいと思います。

みなさんは、図書館は行かれますか?


人生100年を楽しむために ワクワクリベンジ読書のすすめ – 玉木 和彦

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