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漫画で読む文学『葉桜と魔笛』(原作/太宰治、イラスト/だらく)は、姉妹の美しくも切ない心の交流を描いた短編小説を漫画化

漫画で読む文学『葉桜と魔笛』(原作/太宰治、イラスト/だらく)は、姉妹の美しくも切ない心の交流を描いた短編小説を漫画化

漫画で読む文学『葉桜と魔笛』(原作/太宰治、イラスト/だらく)は、姉妹の美しくも切ない心の交流を描いた短編小説を漫画化しました。お悧巧すぎた姉妹の手紙を巡る虚実の攻防。そして、聞こえるはずのない口笛。どんでん返しによる不思議な結末です。

漫画で読む文学『葉桜と魔笛』は、太宰治さんの短編小説を、だらくさんが『漫画訳』したものです。

Kindle版の描き下ろしのようですね。

表紙には、着物姿の美しい女性の横顔半身が描かれています。

老婦人が、「葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。」といって、35年前の出来事を回想する物語です。

老婦人が55歳。墓参りをして20歳の頃を思い出して回想、という設定です。

何を回想したのか。

若くして亡くなった実妹のことです。

主人公は、厳格な父と、病気の妹と一緒に暮らしていましたが、妹は腎臓結核と診断され、あと百日ほどの命だといわれていました。

父親からは、そのことは口止めされています。

そんなある日、妹の箪笥からある手紙を見つけ、「まさか」の思いに駆られると、そこからまたどんでん返しが待っているストーリーです。

姉妹の、美しくも切ない心の交流が描かれています。

本書は2023年1月18日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。

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M・Tは恋のイニシャル?

トップページには、表紙に描かれた女性がそのまま年老いた姿、つまり着物姿の横顔で描かれています。

桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。

何を思い出すのか。

長いセンテンスで説明されています。

いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下まちに、中学校長として赴任して来て、恰好かっこうの借家もなかったので、町はずれの、もうすぐ山に近いところに一つ離れてぽつんと建って在るお寺の、離れ座敷、二部屋拝借して、そこに、ずっと、六年目に松江の中学校に転任になるまで、住んでいました。

漫画では、「島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下まち」が描かれています。

次のページでは、父親と妹が描かれています。

髪の毛は多く、もみあげのあたりにわずかに白髪のある父親は中学校長。

いかにも頑固そうです。

一方、妹はどこか影があるように描かれています。

「からだが弱く、私二十、妹十六で妹は死にました。」と書かれています。

これはそのころの、お話でございます

妹の診断を聞く、父親と姉。

「腎臓結核?」

「ええ。もってあと半年でしょう。残念ですが」

帰り道。

「本人には、言うでないぞ」

と、姉に釘を刺す父親。

帰ると、妹は元気で、冗談も言っていました。

姉は、これがもう百日の生命か、と思うと気が狂いそうになるといいます。

そこから3ヶ月。

5月の半ばの日本海大海戦、軍艦の大砲の音が聞こえるある日のこと。

かなりやつれた妹が、でかけていた姉に言います。

「ねえさん。この手紙、いつ来たの?」

「ついさっき。あなたが眠っていらっしゃる間に。あなた、笑いながら眠っていたわ。あたし、こっそりあなたの枕もとに置いといたの。知らなかったでしょう?」

「ああ、知らなかった。ねえさん、あたし、この手紙読んだの。おかしいわ。あたしの知らないひとなのよ。」

姉は、「知らないことがあるものか」と思いました。

なんとなれば、姉は、その手紙の差出人のM・Tという男のひとを知っているからだといいます。

いいえ、お逢いしたことは無いのでございますが、私が、その五、六日まえ、妹の箪笥をそっと整理して、その折に、ひとつの引き出しの奥底に、一束の手紙が、緑のリボンできっちり結ばれて隠されて在るのを発見いたし、いけないことでしょうけれども、リボンをほどいて、見てしまったのでございます。およそ三十通ほどの手紙、全部がそのM・Tさんからのお手紙だったのでございます。もっとも手紙のおもてには、M・Tさんのお名前は書かれておりませぬ。手紙の中にちゃんと書かれてあるのでございます。そうして、手紙のおもてには、差出人としていろいろの女のひとの名前が記されてあって、それがみんな、実在の、妹のお友達のお名前でございましたので、私も父も、こんなにどっさり男のひとと文通しているなど、夢にも気附かなかったのでございます。

中はM・Tさんで、差出人は実在の人という手紙がたくさん来ていて、今回はいよいよ差出人がM・Tとなっているのに、今更「知らないひとなのよ」もないだろう、というのが姉の言い分です。

発言が矛盾しているだけでなく、妹に対して不信感すら抱いてしまいます。

「小細工して隠して、今度は嘘をつくのか」ということでしょう。

手紙を盗み読みし、最初のうちは、「まるで谷川が流れ走るような感じで、ぐんぐん読んでいっ」たのですが、最後の一通を読みかけて、のけぞるほどに驚いたといいます。

妹たちの恋愛は、心だけのものではなかったのです。もっと醜くすすんでいたのでございます。

ま、要するに性的な行為を伺わせることが書かれていたんでしょうね。

姉は、カッと来て、手紙を全部焼いてしまったそうです。

一通残らず。

いくらなんでも、自分のものでもないのを焼いてもいいのか。

まあ、嫉妬もあるでしょうね。

姉に先んじて……なんてね。

ところが、それっきり、M・Tさんからの手紙は来なかったのです。

姉はもう、気になって気になって仕方なくなりました。

M・Tという人は、手紙の内容によると、その城下まちに住む、まずしい歌人の様子。

「卑怯ひきょうなことには、」妹の病気を知ると、もうお互い忘れてしまいましょう、など「残酷なこと平気で」手紙にも書いてあったそうです。

姉は思いました。

私さえ黙って一生他人に語らなければ、妹は、きれいな少女のままで死んでゆける。

けれども、その事実を知ってしまってからは、話は別です。

姉は、「胸がうずくような、甘酸っぱい、それは、いやな切ない思いで、あのような苦しみは、年ごろの女のひとでなければ、わからない、生地獄」の状態になってしまいました。

「姉さん、読んでごらんなさい。なんのことやら、あたしには、ちっともわからない。」

「読んでいいの?」

姉は、その内容を知っていましたが、言われるままに、声に出して読みました。

M・Tという人の、お詫びと、愛の告白が書かれていました。

そして、毎日、お庭の堀の外で、口笛を吹く約束が書かれていました。

読み終えると、妹が言いました。

「ねえさん。あたし、知ってるのよ。ありがとう、姉さん、これ、姉さんが書いたのね」

姉は、顔がカーッと赤くなりました。

「姉さん、あの緑のリボンで結んだ手紙を見たのでしょう。あれは嘘」

手紙は、妹の自作自演でした。

なんというどんでん返しでしょうか。

妹は、礼を言ったかと思うと、今度は、「ねえさん。バカにしないでね」と、正反対のことを言いました。

「青春というものは、ずいぶん大事なものなのよ。あたし、病気になってから、それが、はっきりわかって来たの。ひとりで、自分あての手紙なんか書いてるなんて、汚い。あさましい。ばかだ。あたしは、ほんとうに男のかたと、大胆に遊べば、よかった。あたしのからだを、しっかり抱いてもらいたかった。姉さん、あたしは今までいちども、恋人どころか、よその男のかたと話してみたこともなかった。姉さんだって、そうなのね。姉さん、あたしたち間違っていた。お悧巧すぎた。ああ、死ぬなんて、いやだ。あたしの手が、指先が、髪が、可哀そう。死ぬなんて、いやだ。いやだ。」

うーん。

異性に対して積極的になれるかどうかは、親の育て方も大きいですよ。

物語には、さらにダメ押しがあります。

創作であった口笛は本当に聞こえてきて、その三日目に妹は亡くなりました。

いくら余命宣告が出ていたからと言って、あまりにもあっけない最期に主治医も首を傾げました。

姉は、隣り部屋で父親が立聞きして、口笛は厳酷の父として一世一代の狂言したのではなかろうか、と疑っています。

要するに、厳しかった父親が悪いのか。

またしても毒親が悪い結末になってしまいました。

歳を取ってからも、それを思い出す姉でした。

太宰治らしい、はっきりスッキリのハッピーエンドではない、複雑な気持ちになる展開でした。

漫画化されたことで、その情景が手にとるようにわかります。

みなさんにも、おすすめしたい一冊です。

近代日本文学史上に残る作品をご紹介

太宰治さんの作品については、やはり漫画化された『人間失格』(太宰治/作、比古地朔弥/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)をご紹介したことがあります。

『人間失格』(太宰治/作、比古地朔弥/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、人間関係に迷う生き様を描いた小説の漫画版
『人間失格』(太宰治/作、比古地朔弥/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、人間関係に迷う生き様を描いた小説の漫画版です。他人の前では道化に徹し、本当の自分を誰にもさらけ出せない男の、幼少から青年期までを男の視点で描いています。

他人の前では道化に徹し、本当の自分を誰にもさらけ出せない男の人間関係に迷う生き様を、幼少から青年期まで男の視点から描いています。

こちらは、今回ご紹介した『葉桜と魔笛』とは対象的に、長編小説です。

東北の田舎の金満家の家に生まれ、何不自由ない「ほしのもと」に見える大庭葉蔵は、実は世間への不安やおそれをかくし、道化を演じながら成長しました。

東京で酒、たばこ、買春、共産主義活動などを経験。

女給と心中をはかったり、子連れの編集者と同棲したり、純粋でうたがうことを知らぬ少女と結婚したりするものの、結局最後は破綻。

モルヒネ中毒で廃人となるも、晩年は片田舎で女性とひっそり暮らす半自伝といわれています。

物語中、共産党の秘密会議に出る自分について、「マルクス主義に傾倒したわけではないけれど、日陰者の雰囲気が心地よい」と自己分析しているくだりが興味深い。

だらくさんは、漫画で読む文学『注文の多い料理店』(原作/宮沢賢治)をご紹介しました。

漫画で読む文学『注文の多い料理店』(原作/宮沢賢治、漫画/だらく)は、狩猟に来た青年2人が入った奇妙な西洋料理店の話
漫画で読む文学『注文の多い料理店』(原作/宮沢賢治、漫画/だらく)は、狩猟に来た青年2人が入った奇妙な西洋料理店の話です。宮沢賢治が生前に出版した唯一の童話集『注文の多い料理店』の中のメインの作品で、今も絵本やアニメ化される初期の代表作です。

西洋紳士の格好をした、ちょっと見栄っ張りのハンター2人組が、山奥で見つけた注文の多い料理店で怖ろしい目にあう物語です。

道楽で動物を撃つ2人に怖い思いをさせるストーリーによって、無用な殺生で自然を私物化することの愚かさを表現した物語と言われています。

『注文の多い料理店』は、宮沢賢治さんが仏教(法華経信仰)の教えにもとづき、無意味な殺生を戒めたモチーフです。

仏教には五戒と言って、不殺生戒(ふせっしょうかい)・不偸盗戒(ふちゅうとうかい)・不邪淫戒(ふじゃいんかい)・不妄語戒(ふもうごかい) ・不飲酒戒(ふおんじゅかい)という5つの禁止事項があります。

五戒の第一は不殺生戒で、人間の生命を保つ最小限以外の不要な殺生を禁止されています。

生命自体は、諸行無常と言って、亡くなる摂理は否定していません。

しかし、無用な殺生は、諸法無我に抵触すると考えられます。

どちらも、近代日本文学史上に残る秀作です。

以上、漫画で読む文学『葉桜と魔笛』(原作/太宰治、イラスト/だらく)は、姉妹の美しくも切ない心の交流を描いた短編小説を漫画化、でした。


漫画で読む文学「葉桜と魔笛」 – 太宰治, だらく

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