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『身長100センチのママ!』伊是名夏子さんの、求められる「らしさ」に縛られずに辛い時は気持ちを安心して吐き出そうと提言

『身長100センチのママ!』伊是名夏子さんの、求められる「らしさ」に縛られずに辛い時は気持ちを安心して吐き出そうと提言

『身長100センチのママ!』であり、コラムニストとして活躍されている伊是名夏子さん。『夫と私を苦しめた「〇〇なんだから」の思い込み』についての記事が話題です。求められている「らしさ」に縛られずに、辛い時はつらい気持ちを安心して吐き出せる場所を増やしていきたいという記事です。(キャッチ画像はTBS NEWS より)

伊是名夏子さんについて

2万人に1人の骨形成不全症

伊是名夏子さんは、新聞にコラムを連載したり、メティアに度々登場したりしているので、すでにご存じの方もいらっしゃるでしょう。

骨の弱い難病「骨形成不全症」で、電動車いすを使用する生活です。

10人のヘルパーの支援を受けていますが、2人の子どもを出産しました。

以前、Facebookで、TBS NEWSが、特集をダイジェストで投稿しています。


「私、生まれて一晩中泣いてて、『おかしいな』とお医者さんが思ってレントゲン撮ったら、右足も左足も折れていて、頭の骨もほとんど作られてなくて薄くて」骨形成不全症とわかったそうてす。

骨形成不全症には、

  1. 骨折しやすい
  2. 骨の変形
  3. 目が青い
  4. 歯の異常
  5. 難聴

などの症状があるそうです。

原因は、90%が骨の結合組織の主要な成分である、Ⅰ型コラーゲンの遺伝子変異といわれます。

現在の患者は推定6000人程度。

2万人に1人くらいの割合にあたります。

決めつけない、諦めない

伊是名夏子さんは、難病のハンデがあっても、進学、結婚、出産と、その都度人生の道順を踏破してきました。

諦めないポジティブなマインドが、そうさせたといわれています。


TBS NEWSにおいて、伊是名夏子さんはこう語っています。

「私がポジティブと言われるのは、3歳上の姉と9歳上の姉がいて、姉たちは障害はないのですが、姉たちも大変そうだなあっていつも思っていて、歩けるから学校にも歩いていかなきゃいけないけど、私は送ってもらえるし、とか。歩ける人も、いいことも悪いこともあって、歩けない人もいいことも悪いこともあるって思っていて、だから羨ましいと思ったりとか、そういう風に思わなかったのは脳天気というか、お互い大変だよね、あはは、と笑えるような感じなのが、明るっぽく見えるところかな」

伊是名夏子さんのコメントのように、感じ方は価値観にもよりますから、第三者が勝手に「障碍者(難病者)として生まれたら本人が不幸に違いない」と決めつけるのは思い上がりです。

そもそも、不幸な人は生きてはいけないという決まりはどこにもないし。

という伊是名夏子さん「らしい」気付きが、今回話題になっています。

「〇〇だから」という決めつけ


記事の内容は、一口に言うと、「〇〇だから」という決めつけは、言われる側への偏見というだけでなく、言われる人自身が自分を追い詰めてしまうという話です。

産後、ソーシャルワーカーと看護師がいる話し合いの場では「子どもが熱を出したらどうするの?」「けがをしたらどうするの?」と質問攻め。専門家にまで「私に育児はできないと決めつけられている」と感じました。

子育ては誰だって大変だし、何か起こることは誰にだってあるのに。「ヘルパーさんがいるから大丈夫です」と私が言っても「24時間はいないでしょう?」と言われ、とにかく危ないと頭ごなしに言われるばかり。


偏見にあらがうことに必死になっていた伊是名夏子さんは、あまりに周囲の目を気にすることで、夫ときちんと向き合わなくなっていったそうです。

子どもが2人になって、ますます大変になってくると、「夫はどうしてこの大変さに気づいてくれないんだろう」と、イライラするようになってしまったというのです。

その感情は、彼に頼りすぎることで「障害者は大変」「家族が介護するもの」と周囲にまた言われてしまうのではないか、という不安と挟み撃ちのように迫ってきました。

伊是名夏子さんは、ジェンダーや包括的性教育の勉強を行う中で、お互いを責めすぎずに、解決や対話方法について考えられるようになったといいます。

記事の結論は、「妻なんだから」「母親なんだから」「障害者と結婚したんだから」など、求められている「らしさ」に縛られずに、辛い時はつらい気持ちを安心して吐き出せる場所を増やしていきたいということです。

社会や文化から変えていこう

たしかに、辛いときも黙って我慢することが美しい、という文化が日本にはありますよね。

たとえば、老親の介護。

「子どもなんだから、親の面倒を見るのは当然」

という人は多いでしょう。

でも、介護処本人がそこで諦めたら、親子の心中や、子が親に手をかける事件に発展するかもしれません。

実名を出しますが、清水由貴子さんの最期は、決して人生にとって最善の終わり方ではなかったと思います。

私はその解決には、個人の心がけだけでなく、社会が変わらなければならないと思います。

老親介護についての考え方

老親介護で言えば、「親孝行」道徳の強制はやめろ!とかね。

親に感謝しろ、という刷り込みは、親に人生を捧げることが当たり前、という不毛な人生観につながります。

以前も書きましたが、子が親に感謝するかどうかは、子の親に対する批評ですから、「内心の自由」であり、強制すべきことではないのです。

毒親に限って「ご先祖がいたからこそ自分がいるのだから先祖に感謝しろ」「先祖を供養しないとバチが当たる」などと言う
「先祖あっての自分。だから感謝しろ」とよくいいます。「先祖を供養するなど大事にしないとバチが当たる」ともいいます。しかし、それは結局、「目上」の人を絶対化するための合理的根拠のない方便であり、子にそんなことを教える親は毒親の始まりと思います。

ところが、我が国には、未だに家制度の因習を事実上残す目的で、子は親に無条件で従う奴隷であることを示す法律(民法第818条)があります。

たとえば、親であることをタテに、子に特定の選択や価値観を強要する毒親は、今の日本では虐待など違法行為が公然としたものでない限り「合法」になってしまうのです。

それが、親が絶対などという、インチキ道徳を生み出す原因だと思います。

新田恵利さんが92歳の母親介護について「認知症で在宅介護の母に怒りを覚えて……それでも喜びと充実感がある」と語っている
新田恵利さんが、92歳の母親介護継続中について「認知症で在宅介護の母に怒りを覚えて……それでも喜びと充実感がある」と語っている週刊誌記事が話題になっています。親の介護は在宅か施設か、というテーマについて、「在宅派」からの意見を述べています。

障害者に対する見方

障害者を邪魔のも扱いしたり、見下したり、障害者福祉は税金の無駄だ、というような悪口雑言は、Web掲示板のコメントの定番ですよね。

だけどね、そういう人が、いつ交通事故にあって半身不随や遷延性意識障害(いわゆる植物状態)になったり、直腸がんでストーマをつけたり、脳卒中で杖なしには歩けない身になったりしないとは限らないんですよ。

つまり、障害者というのは、たとえ生まれた時は健常でも、誰でもいつでもなり得る特別な状態ではないんだ、という認識をもたないとね。

そういう社会でないと、いくら勇気ある発言をしても、旧弊な「文化」に跳ね返されてしまうと思うのです。

もちろん、だから社会が代わるまでは諦めろではなく、個人と社会、両方進めることですよね。

まとめ

気持ちの持ち方で全てが解決するわけではありませんが、伊是名夏子さんは、旧来の、というより旧弊な常識や考え方にとらわれないことによる自由なパワーで、人生を切り開いているように思います。

やはり今回も、人生の活路を開くには、「やってみなきゃわからない」ということなんでしょう。

またしても結論は、人生やるかやらないか、です。

もちろん、「やる」の目指すものは、その人の立場や事情により様々であることは言うまでもありません。

以上、『身長100センチのママ!』伊是名夏子さんの、求められる「らしさ」に縛られずに辛い時は気持ちを安心して吐き出そうと提言、でした。


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