神様から教えてもらった魂の因縁切り(安岡直子著、KADOKAWA)は、人生で経験する人間関係は、すべて過去世の因縁が絡むと説く

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神様から教えてもらった魂の因縁切り(安岡直子著、KADOKAWA)は、人生で経験する人間関係は、すべて過去世の因縁が絡むと説く

神様から教えてもらった魂の因縁切り(安岡直子著、KADOKAWA)は、人生で経験する人間関係は、すべて過去世の因縁が絡むと説く書籍です。輪廻転生を繰り返して過去世から引き継いだものを、「因縁切り」することで運気は改善されるとしています。

『神様から教えてもらった魂の因縁切り』は、安岡直子さんがKADOKAWAから上梓している書籍です。

Kindle版は、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。

内容は、人生で経験する人間関係のいいことも悪いことも、すべて(前世、そのまた前世など)過去世で行ってきたことの「因縁」である。

だから、それを解消するには「因縁」を解消する「因縁切り」をすることだというものです。

不幸・不遇な人生を自覚しておられる方は必読の書ですね。

科学的に分からない範囲を解明する突破口になるか!?

本書『神様から教えてもらった魂の因縁切り』がいうところの「因縁」というのは、輪廻転生(生まれ変わり)を前提とした過去世の話です。

その「生まれ変わりの旅」を繰り返す中で、いいことも悪いことも行ってきている。

それが現世では、「いいこと」の報いが良因縁として、「悪いこと」の報いが悪因縁として現れている。

問題は「悪いこと」のツケである悪因縁。

悪因縁は現世の足かせであり、過去世から引き継いだ魂の汚れのようなものである。

たとえば、嫌味なことを言ってくるようなストレスの貯まる相手がいるとしたら、実は過去世であなたがその人に同じようなことをしていた。

つまり、現世では仕返しを受けている。

これは「謝罪」してクリアにしましょう。

そのことを本書では「因縁切り」と称しています。

このことについて本書では、最初にこう断りを入れています。

「いきなり何!? 信じられない」「あやしい展開!」と感じた方もいらっしゃいますよね。驚かせてしまったらごめんなさい。無理に信じなくても大丈夫です。「そんな人もいるのかなあ」くらいの理解でお付き合いたただけたらうれしいです。

「魂」「輪廻転生」「前世」「過去世」「守護霊」……

たしかに、本書で出てくる存在や概念は、客観的なものがありません。

さすれば、信じるか信じないかがすべて。

……といいたいところですが、私は少し違う見解を持っています。

たとえ信じても、本書に書かれているところの「因縁切り」をしなければ、「信じていない」のと同じことです。

本書の評価の根幹は、信じるか信じないか、ではなく、(因縁切りを)やるかやらないか、ということです

結論から書くと、私は「やる」で良いと思っています。

だからこそ、本書をこうしてレビュー記事でご紹介しています。

といっても、私は正直なところ、特別な信仰がありません。

以前は、ジャパンスケプティクスという、いわゆる「超自然現象」や疑似科学を指摘し批判する団体の副会長をつとめていました。

つまり、「不思議なこと」について、霊魂とか輪廻転生など、客観的に実在しない概念で安易に説明するのは非合理主義である、とする立場であるわけです。

今もその考え方が変わったわけではありません。

ただし、だからこそ、一方で主観的概念が存在することや、科学がすべてを見通しているわけでもないことも承知しています。

科学は、哲学的に表現すると、相対的真理の長い系列です。

つまり、ある一定のところまではわかっている、という既知の表明に過ぎません。

ということは、わかっていない範囲もある、ということでもあります。

で、実はそちらの方が圧倒的に範囲は大きい。

それは、大抵の場合、「運」とか「偶然」とか「未知」といった表現を使っています。

それらの部分についての見解について、独断的に否定するのではなく、いろいろな考え方に耳を傾けるのは、むしろ真実を合理的に広げる突破口として必要な試みであると私は思います。

ですから、科学的合理的といっても、その肉薄は科学だけのしごとではなく、文芸とか芸術とか宗教などとも手を携える必要がある、と私は考えます。

一部の古典的な物理学者には、それが理解できない人もいたので、私はジャパンスケプティクスをやめたのですが、それはともかくとして、本ブログで、しばしば宗教的なものも扱うのは、そのような理由によるものです。

「因縁切り」を認める理由

前置きが長くなりましたが、「輪廻転生」や「魂」が客観的実在でなくても、本書の言う「因縁切り」をやってもいいんじゃない? と私が思った理由は、次の3点です。

「神様」への問いかけで内心を整理する

ひとつは、それを行うことに対してデメリットはないこと。

それどころか、メリットを合理的に説明できることです。

よくある霊感商法は、「因縁切り」にあたるものをさせるために、ツボとか高価なものを買わせますが、本書はそうしたことが一切ありません。

ただ、あたかも「神様」がいるように、自分の気持ち、願いを独白しなさい、としか言っていません。

それ以外には、せいぜい神社に行ったら「いいお天気ですね」と「神様」に声をかけるとか、家の中に御札など神関係のものを集めたコーナーを作って話ができる場としたらいい、という程度のことしか述べられていません。

大事なことは形ではなく、神様への問いかけだとしています。

これは、合理的に意義があります。

つまり、「神様とのコミュニケーション」は、神様に語ることを目的としながらも、実は自分が何を求めて生きているのか、改めて内心の整理になっていると私は思いました。

これは神様の存在の有無に関わらず、合理的な自分自身に対するメリットです。

処世術的に有用

本書によると、良因縁には「感謝」し、悪因縁には「謝罪」することで、過去世の因縁をクリアしようといいます。

「悪因縁には『謝罪』」というのは、前世があろうがなかろうが、処世術的に有用な話であると思いました。

たとえば、あなたと犬猿の仲の人がいるとしましょう。

本書は、相手を過去世の悪因縁としています。

理不尽なことを行ったりされたりしたら、腹が立つでしょうし、報復もしたくもなるでしょう。

しかし、そこで腹を立てて同じ土俵に立っても、無限の対立を生むだけで、たぶんあなたにもメリットはありません。

ま、相手はそれなりに言い分があってそうしているのでしょうから、そこに対して「至らなくて申し訳ない」と謝ってまるくおさまるのなら、その方があなたにとってもいいのではないかと思います。

もっとも、どんなに心から謝罪しても、かさにかかって責め立てる人もいるかも知れませんね。

これは本書と趣旨が違いますが、そのときこそ、相手に不法行為があれば粛々と訴えたらいいし、同僚ならその会社をやめて距離をとるとか、また別の対応を検討したらいいと思います。

その時にできることを行って、それでも解決しなかったら、それはまた「来世」への宿題にしてもらいましょう。

「ご先祖の魂」と似ている「過去世」の「因縁」

もうひとつは、本書の世界観を信じるか信じないかはともかくとして、「もしそうだったら」という前提における自分の考えと両立できないことではないので、私は言下には否定していないのです。

先日私が述べた、「ご先祖の魂」についての考え方と、本書は矛盾していません。

なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?(一条真也著、すばる舎)は、一流の人は先人への感謝の儀式にも意識を払うという話
なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?(一条真也著、すばる舎)は、一流の人は先人への感謝の儀式にも意識を払うという話です。日本人の宗教意識や倫理観についての言論活動を続けてきた著者は、一流の人は先人への感謝にも意識を払うと述べています。

私が考える亡親や先祖に対する考え方です。

私の結論は、

  1. 神も先祖も個々の心の中に宿る
  2. (親を含む)先祖を心からありがたく感謝できる人には、守ってくれる先祖が宿る。
  3. (親を含む)先祖に怨みや憎しみを感じている人は、その側面を持った先祖が宿り、人生の足を引っ張る

と、当該記事では書きました。

両立するどころか、重なるかもしれません。

たとえば、「3」の「先祖」の部分を「過去世」に読み替えると、本書に通じるものがありませんか。

つまり、「過去世」でひどいことをした「因縁」で、「現世」でひどいことをされているのに、謝罪するのではなく「怨みや憎しみを感じている」のなら、むしろ対立はひどくなり「悪因縁」は拡大するばかり、ということかもしれません。

「ほしのもと」とそれに基づいた不遇・不幸な人生も、「なんで自分はこんなひどい目にあうのだ」と思わず、「自分は過去世でこういうひどい目に合わせたんだね、ごめんなさい」と思え、というのが本書です。

もし、客観的に改善する道筋があれば、「ひどい目に会う」原因に噛み合う解決を実践すればいいですが、不幸な「ほしのもと」については、客観的な原因がわからないから「先祖を怨む」ぐらいしかできないのでうらんでいるわけで、それなら、うらむのではなく謝ってしまいませんか、ということです。

不幸な上に謝るのか、と考えると一時的に不服な気持ちによるストレスも発しないわけではありませんが(笑)、もし本当にそれで生きやすくなるのなら、もちろん発想を変えてもいいでしょう。

さすれば、やってみましょうか、というのが私の心境です。

ちなみに、過去世の悪因縁について、現世の相手は、知人だけではなく、親や兄弟姉妹など家族としての縁を持つことも多いそうです。

家族に対して、理不尽な思いをすることってありませんか。

本書では、「家族を被害者とする殺人事件が統計上全体の約半数を占めている」ことも引き合いにして、家族間の「悪因縁」が少なくないことを説明しています。が、

「子どもを殺してください」という親たち(押川剛著/鈴木マサカズ画、新潮社)は、精神障害者移送サービス業を描いています
「子どもを殺してください」という親たち(押川剛著/鈴木マサカズ画、新潮社)は、精神障害者移送サービス業を描いています。統合失調症などの子弟を、説得で病院に移送するサービスを日本で初めて創始。移送後の自立・就労支援にも携わっています。

それは社会学として合理的に検証できる面があるし、またそうしなければならないので、それはただちに「因縁のせい」を採用して思考停止にはならないようにしたいと思います。

モノは試しで発想を変えてみよう

以上、書いたように、私は本書の世界観をべったり信じる前提ではなくても、「神様とのコミュニケーション」という本書の提案には、反対も否定もしていません。

本書は、「感謝」や「謝罪」を神様にお話することで、「悪因縁」の相手は去ってくれるといいます。

もちろん、悪因縁にも重いものから軽いものまで様々あるので、すぐにクリアになるものもあれば、少し頑張って誠意を見せる必要のものもあるそうです。

本書では、神社での会話の仕方、日常の「神様とのコミュニケーション」など、悪因縁をクリアにする方法を指南しています。

繰り返しますが、それらは個人的な内心への提案で、別に霊感商法につながるようなことは一切ないし、新興宗教のように、それを入り口にしておかしな世界観を啓蒙しようというものでもないので、こういう表現は著者に失礼かもしれませんが、モノは試しで発想を変えてみるのもいいのではないか、という内容です。

みなさんも、いかがですか。

以上、神様から教えてもらった魂の因縁切り(安岡直子著、KADOKAWA)は、人生で経験する人間関係は、すべて過去世の因縁が絡むと説く、でした。

神様から教えてもらった魂の因縁切り - 安岡 直子
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