京急大師線は日本初の標準軌を採用した同電鉄最古の路線でありドラマ『男女七人秋物語』の舞台になり全駅にランドマークあり

京急大師線は日本初の標準軌を採用した同電鉄最古の路線でありドラマ『男女七人秋物語』の舞台になり全駅にランドマークあり

京急大師線は、日本で初めて標準軌を採用した同電鉄最古の路線であるとともに、人気ドラマ『男女七人秋物語』の舞台にもなりました。味の素工場や川崎大師など、お馴染みのスポットを通り、最近では地下化が進んでいます。

2021年、あけましておめでとうございます。

2021年、あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします。

新春第一弾は、神奈川県川崎市川崎区を走る、京急大師線です。

京急大師線とはなんだ

京急大師線は、京急川崎から小島新田までの4.5キロを走る盲腸線です。

京急大師線

盲腸線というのは、営業距離が短く、かつ起点もしくは終点のどちらかが他の路線に接続していない路線をいいます。

以前は品川からの本線直通電車もあったのですが、現在は完全に廃止され、3本の編成で往復しています。

京急大師線は1899年、川崎大師への参拝客輸送もために開業しました。

京浜急行電鉄の前身、大師電気鉄道が開通させています。

京浜急行電鉄最古の路線です。

そして、日本初の標準軌路線です。

標準軌というのは、レールの内側の間隔が世界で最も普及している軌間です。

関東では、京急の他、京急に合わせた京成、都営地下鉄、営団地下鉄丸の内線・銀座線・横浜市営地下鉄、箱根登山鉄道、新幹線ぐらいでしょう。

川崎大師駅には、京浜急行電鉄発祥の地記念碑があります。

京浜急行電鉄発祥の地記念碑

以前は、桜本を経由して塩浜まで走っていましたが、1964年に国鉄塩浜操車場(塩浜操駅・現在の川崎貨物駅)建設のため、小島新田駅以降が廃線になり、同駅が終点になりました。


京急川崎ー港町ー鈴木町ー川崎大師ー東門前ー大師橋(旧産業道路)ー小島新田が停車駅。

京急線京急川崎駅

わずか7駅、時間にして9分の距離ですが、それぞれにランドマークがあります。

京急大師線各駅のランドマーク

京急川崎駅は、本線が高架化されており、階下に京急大師線のホームがあります。

そして、ホームと向かい合うように、立ち食いそば『えきめんや』があります。

えきめんや京急川崎店は伝統的な立ち食いそば店。硬めの天かすが一面に広がるたぬきそばと上品に盛り付けられるざるそば
えきめんや京急川崎駅店といえば、1971年に作られた京急線京急川崎駅構内の立ち食いそば店。伝統的な立ち食いそば店です。硬めの天かすが一面に広がっているたぬきそばと、お盆付きで上品に盛り付けられているざるそばをご紹介します。

京急川崎を出ると、次の港町までの間に、六郷橋駅の跡があります。

京浜急行電鉄発祥の地記念碑

「跡」ですから、現在は存在しないのですが、まさに関東の私鉄のスタートだったのです。

ここでは、かつての人気ドラマ『男女7人秋物語』(1987年10月9日~12月18日、TBS)の第8回ラストシーンを撮っています。

『男女七人秋物語』第8回より

健ちゃん(柳葉敏郎)の子どもを妊娠したかもしれない桃子(大竹しのぶ)が、今井(明石家さんま)を付きあわせて産婦人科へ。

結局妊娠ではなかったのですが、桃子は「妊娠だったら、あなたとお別れしなければならないと思っていた」と泣くシーンです。

それによって、今井は“やけぼっくいに火”がついて、今井と桃子が再び結ばれる、という展開です。

次の鈴木町は、味の素工場の真ん前です。

そもそも駅名の由来が、味の素の前身である鈴木商店(創業者・鈴木三郎助)からとられており、戦前はそのものズバリ、味の素前駅といっていました。

余談ですが、川崎工場は一般の見学コースもあります。

もう15年ぐらい前ですが、私も参加させていただいたことがあり、クックドゥなどをおみやげにいただきました。

そして、次が駅名通り川崎大師の最寄り駅になる川崎大師です。

川崎大師

今年はコロナ禍で、例年に比べて参拝者は少なかったかもしれませんが、それでも人気の初詣スポットであることに違いはありません。

その隣には、大師公園、そして瀋秀園があります。

瀋秀園(しんしゅうえん、神奈川県川崎市川崎区)は川崎市と瀋陽市が姉妹都市になった記念に造られた日本最大の中国式庭園
瀋秀園(しんしゅうえん、神奈川県川崎市川崎区)は、我が国最大の中国式庭園です。神奈川県川崎市川崎区の川崎大師隣りにある大師公園内に開園しています。川崎市と、中国東北部の主要都市・瀋陽市が姉妹都市になった記念に造られました。

続く東門前も、参拝客や隣にある大師公園を訪れる人々の乗降に利用されています。

次の大師橋駅は、産業道路(国道131号線)際にあります。

大師橋駅

もとは産業道路という駅名で、路線が塩浜まであったときは、産業道路止まりもありました。

産業道路駅

産業道路から大師橋への駅名変更は、空気が悪そうだから、工場地帯のイメージがよくないからという声もあり、駅地下化を機に変更されましたが、これももったいないと思います。

産業道路の真ん前にあることは事実ですし、駅名を変えたからと言って空気がかわるわけでもありません。

もとより、日本の高度経済成長の柱である、重化学工業の発展を担った京浜工業地帯の中核にある地域ですから、できれば残してほしかったですね。

そして、終点の小島新田駅です。

先程述べたように、ドラマのロケ地でもしばしば使われる川崎貨物駅の跨線橋「いつくしま跨線橋」があり、そのために大師線は、以降あった線が分断され同駅が終点になりました。

以前は、単線でしたが、いつのまにか島式ホームの伏線になりました。

ということで、京急大師線は日本初の標準軌を採用した同電鉄最古の路線でありドラマ『男女七人秋物語』の舞台になり全駅にランドマークあり、でした。

京浜急行電鉄 本線、大師線、逗子線、久里浜線 (1950~1990年代の記録) - 生田 誠
京浜急行電鉄 本線、大師線、逗子線、久里浜線 (1950~1990年代の記録) – 生田 誠

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