『「異情」な人々』(和田秀樹著、フォレスト出版)は「人間の合理的思考を奪う感情」にならない振り回されないための対処法

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『「異情」な人々』(和田秀樹著、フォレスト出版)をご紹介します。「異情」とは「人間の合理的思考を奪う感情」を表現した著者の造語。周囲の異情な人」に振り回されない、そして自分自身が「異情な人」に陥らないための対処法がまとめられています。

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「異情」とはなんだ

『「異情」な人々』(フォレスト出版)において、和田秀樹氏がとり上げているのが、「人間の合理的思考を奪う感情」。

具体的に挙げると、

  • 攻撃的になる
  • 暴言を吐く
  • 必要以上にキレる
  • 思考停止

といったふるまいを指します。

職場や家族に潜む感情コントロール不能の「困った人」というわけです。

といっても、そうした状態に陥る人々が「特別な人」なのではなく、売り言葉に買い言葉で、論点を逸脱して争ったり、攻撃的になったり、それがエスカレートすると暴力になったりする「理性の喪失」状態のことを指すので、誰でもありえることと考えたほうがいいかもしれません。

本書では、「人の健全な状態の感情がいくらか損なわれた状態」としています。

しかし、決して侮れないふるまいです。

ネットの炎上、ユーザー同士の齟齬、リアルでの友人・知人との確執など、私たちの人間関係は、「異情」であっという間にその関係が壊れてしまいます。

そこで本書では、「異情」な人にどうしてなってしまうのか、「異情」に陥らないためにはどうしたらいいか、ということが解説されています。

自分で自分の状態を見つめ直す、とは?

和田秀樹は、国会の加計学園問題を例に出して、「下衆の勘繰り」と不規則発言をした安倍首相と、その言葉尻に乗っかって興奮した民進党、双方を「異情」と批判しています。

そして、民進党は、「野党は勘ぐって追求するのが当たり前」と、事実に基づいた追及を粛々と続ければよかったのだという意見を述べています。

「トレンド」を例に出したわけですが、レビューによってはこの箇所、「例示ならもっと他にやりようがあったのでは」という批判もありました。

粛々と国会論戦をやってもらたいとのはもっともですが、国会の発言は背景にいろいろなものを抱えており、議員個人の「異情」とは限らないので、一理ある批評だと思いました。

それはともかくとして、和田秀樹氏は、自分の判断が感情に振り回されないためには、感情を一旦放置することを提案しています。

深呼吸、運動、好きなものごとを行うなど自分が快楽になる状態においたり、自分で自分の状態を見つめ直す「メタ認知」の状態にたったりして冷静になることも勧めています。

たしかに、自分が気をつけても異情な人はいますし、売り言葉に買い言葉で、結局自分も感情的になってその土俵に入ってしまうこともあります。

もとより、人間は間違いうるものです。

ただ、和田秀樹さんお得意の受験勉強とは違い、対人関係は相手のあることですから、自分の努力だけではどうにもなりません。

こうきたらこうしよう、というロールプレイングや後付の解説だけ思い通りにいったら苦労はありません。

一般に、コミュニケーションの本は今まで数え切れないほど出ていますが、決め手になったものは何一つありません。

ですから、こういう対策や解説本は、実用性としてどうなのかなという気持ちは、正直本書を読んだ後でも消えたわけではありません。

結局「異情」な人には最初から関わらない

本書の最終章で、「異情」な人に振り回されないようにする最終手段は「逃げる」とされています。

これはまあ、わからないではありません。

私も若い頃は、そういう人に出会ったら議論して論破することで決着をつけようなんて考えたこともありましたが、最近になってやっと、不毛なことかなと思うようになりました。

ただ、「逃げる」といっても、うまく逃げられれば苦労しないんで、相手が「異情」であることをわかってから逃げてももう遅いんです。

そのへんはどうすればいいのでしょう。

相手が怒りをエスカレートさせ、もし腹いせに争点でっち上げの言いがかり裁判でも仕掛けられたら、こちらは嫌でも弁護士をつけて全部反論して相手にしないと、裁判は負けてしまうのです。

執念深い人の中には、多額の弁護士費用をかけても、とにかくこっちを困らせることができるならそれでいい、という捨て身の方針でそういう嫌がらせ訴訟を行う人はいます。

民事裁判の半分以上が「和解」といわれていますが、実はそのような「異情」な提訴がゴロゴロしていることも背景にあるのです。

つまり、先方さえその気なら、そういう人に捕まってしまったら、「異情」な人からは逃げられないのが現代の民主主義の世の中です。

人間の感情というのは、実に厄介ですね。

ですから、「逃げる」の具体策ですが、究極の「異情」な人対策は、何か事が起こってからではなく、最初から“そういう人”には、かかわらないようにするしかありません。

ではどういう人が「異情」になり得るのか、というと、実はこれはむずかしくて、本書によると、冒頭に書いたように誰でも起こり得るそうです(汗)

自己愛に気をつけろ

程度の差もありますが、強い「異情」が何に根ざしているかというと、和田秀樹氏は具体的には述べていませんが、自己愛に気をつけろ、といいたいのだと私は解しました。

誰でも自己愛はあるだろう、と思いますか。

それは、言葉を額面通り解釈した場合ですね。

ここでいう自己愛とは、むしろ逆で、「ありのままの自分を愛することができず、自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならない」と思い込み、「偉大な存在」とする自分のみを愛する自己愛性パーソナリティ障害の「自己愛」のことです。

それはいきおい、自分への賞賛欲求が強く、一方で他者共感や寛容の精神が希薄になってしまうわけです。

「障害」と書きましたが、法律違反をいとわないわけではないので、日常的には普通に暮らしています。

しかし、アメブロやSSブログなど、ユーザーが巡回しあってコメントや足跡をつけ合うブログサービスでは、やくたいもない記事を称賛し合う気持ち悪い光景にお目にかかれますが、まさにあれは、賞賛獲得を満たし合っているのです。

ざんねんなから、多くの人間にはそういう傲慢さがあります。

対人関係(コミュニケーション)に悩まれている方、参考までに1度読まれてはいかがでしょうか。

以上、『「異情」な人々』(和田秀樹著、フォレスト出版)は「人間の合理的思考を奪う感情」にならない振り回されないための対処法、でした。

「異情」な人々 - 和田秀樹
「異情」な人々 – 和田秀樹

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