あなたの牛を追いなさい(枡野俊明/松重豊著、毎日新聞出版)は、『孤独のグルメ』でおなじみ松重豊と枡野俊明の十牛図鼎談です。「十牛図」(じゅうぎゅうず)というのは、禅宗(臨済宗)の修行において、悟りの過程を描いた絵画と詩です。(文中敬称略)
本書は、松重豊の要望で実現した対談だそうです。
「十牛図」(じゅうぎゅうず)というのは、禅宗(臨済宗)の修行において、悟りの過程を象徴的に描いた一連の絵画と詩のセットです。
「牛」を悟りを象徴するものとして用い、修行者が自らの真の本質や悟りを追い求める旅を、段階的に描写しています。
十の段階それぞれに絵と詩があり、修行の進展を視覚的かつ詩的に表現しています。
Amazonの販売ページから引用します。
将来が不安、仕事で行き詰まっている、人間関係が思うようにならない……日々生きていく上で湧いてくるモヤモヤの根っこはいったいどこにあるのか? 悟りに至る10段階を見える化した禅の最強フレームワーク「十牛図」に沿って、今の自分を読み解きます。
松重豊が、禅宗(曹洞宗)の住職である枡野俊明に、「「十牛図」について教えて下さい」とお願いして、枡野俊明が解説するという内容です。
松重豊は、明治大学時代から演劇の世界に入りましたが、小さめの劇団でなかなか芽が出ませんでした。
夫人とは26歳で結婚しており、生活のためにアルバイトを掛け持ちし、いったんは劇団の蜷川幸雄と袂を分かち役者を諦めて鳶職になったこともありながら、役者としての現在があります。
そのような数奇な人生から、「人生とはなんぞや」と考えるようになり、仏教に関心をいだいたようです。
本書では、「十牛図」のほか、仏教の説話など教えがわかりやすく説明されています。
私も、実は禅宗は詳しくないので、大変興味深く読みました。
まずは行動しろ
仏陀だけが無我を説いた。その他の師は真我を説いた。和平先生によれば無我とは自我の消滅だという
十牛図の6枚目が真我実現。7枚目で牛は消える。探す対象としての真我は消え森羅万象が真我になる。だが自我は残る。認識者の自我も消えるとき8枚目の無我になる。十牛図の1枚目から在った原初の状態だ pic.twitter.com/cNEEJjU2lO
— Mr. ロンリー (@MrLonely_diary) January 14, 2025
十牛図の起源は、中国禅宗にあります。
仏教は、初期の「お釈迦様の悟り」から、一般人でも成仏することを目的に、大きく4通りの宗派があります。
密教……天台密教や真言宗など、秘伝的で象徴的な教えや実践を重視
浄土教……浄土宗や浄土真宗など、念仏で成仏する教え
禅宗……臨済宗や曹洞宗など、禅を組んで悟りを開く
妙法蓮華経宗派……天台宗や日蓮宗や法華宗など、法華経というお経そのものを拠り所とする
十牛図は、特に北宋時代(10世紀末~12世紀)に廓庵師遠(かくあんしいん)という僧侶が制作したものが有名です。
廓庵の十牛図には、詩に加えて、頌(しょう、賛歌)も付けられ、後世の禅文学や禅画に大きな影響を与えました。
一応、その10段階を、ChatGTPから引用してまとめておきます。
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1.尋牛(じんぎゅう)
牛を探す段階。修行者がまだ悟りの道を見つけられず、真理を求めてさまよっています。
2.見跡(けんせき)
牛の足跡を見つける段階。修行者が悟りの手がかりを得て、道を進み始めます。
3.見牛(けんぎゅう)
牛を見つける段階。悟りの本質に気づき始めますが、まだ完全には理解していません。
4.得牛(とくぎゅう)
牛を捕まえる段階。悟りの境地を得ようと努力していますが、心がまだ乱れることもあります。
5.牧牛(ぼくぎゅう)
牛を手なずける段階。修行者が心を制御し、悟りを深めていきます。
6.騎牛帰家(きぎゅうきけ)
牛に乗って家に帰る段階。修行者が悟りを得て、平安な境地に至ります。
7.忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん)
牛を忘れて人が残る段階。悟りに執着しなくなり、本来の自己が現れます。
8.人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)
人と牛が共に忘れられる段階。主体と対象の区別がなくなり、完全な無我の境地に達します。
9.返本還源(へんぽんかんげん)
本源に帰る段階。修行者が宇宙や万物の本質と一体化します。
10入垂手(にってんすいしゅ)
世俗に戻る段階。悟りを得た修行者が人々と共に生き、他者を助ける道を歩みます。
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「9」は老荘思想ですね。つまり、仏教を、中国発祥の教えと融合させています。
そして、「10」は大乗仏教らしいエンディング。
「悟りを得た修行者が人々と共に生き、他者を助ける」というのは浄土教にも出てきます。
浄土宗や浄土真宗の原典である『無量寿経』に、阿弥陀如来(法蔵菩薩)が、「これを実現して仏(悟った人)になります」と誓った48願のうち、第18願(念仏往生の願)と第22願(還相回向の願)に出てきます。
自利と利他、というのがセットになっているのが仏教の特徴です。
つまり、自分だけが良ければいい、ではなく、自分も他者が幸せになることで自分も幸せを感じる心が大切ということです。
その他、本書に出てくる仏教(禅宗)用語をご紹介します。
赤字は、私が一般社会向けに「翻訳」したものです。
・一掃除二信心……信心があって行動があるのではなく、まず行動することで心の中も定まってくる。この場合、物理的な掃除を超えて、心の中の雑念や執着を取り除くことも意味します。(まず行動しろ)
・行住坐臥……日常生活の中でのすべての行動を、修行として捉える考え方です。どの状態にあっても、心を今この瞬間に向け、雑念や執着から離れることを目指します。(今その瞬間に全力を尽くせ)
・禅即行……悟りや修行は日常生活の中の行動そのものである。(まずは動いてみる。だめだったら次に行けば良い)
・直心是道場……真っ直ぐな気持ちで向かえば、すべては道場となる。(どんな環境でもヤる人は、環境をできない言い訳にしない)
禅宗は、頭でっかちにならず、無心に行動することを教えているわけです。
誰でもどんな環境からでも自己実現できる
説話で興味深いのは、周梨槃特の話です。
お釈迦様の弟子でしたが、兄は優秀なのに、周利槃特は物覚えが悪く、自分の名前も覚えられませんでした。
他の弟子から馬鹿にされ、泣いていた周利槃特に、お釈迦様は「塵を払い、垢を除かん」と唱えながら掃除をするよう助言しました。
周利槃特は言いつけを守り、ひたすらに掃除だけをすることで煩悩を断ち、他の優秀な弟子より先に悟りを開いたという説話があります。
つまり、優秀であろうがなかろうが、そしてどんな環境であろうが、心を一つにして何かに全力を尽くすことで自己実現できる、という話です。
本書は、松重豊が現在までに、どんな悩みや挫折があったか、それをどうやって突破したかなど、自らの生き様も率直にかたっていて、ファンには必見の書籍です。
『孤独のグルメ』は、映画も作りましたね。
ご覧になりましたか。
あなたの牛を追いなさい – 枡野 俊明, 松重 豊
『孤独のグルメ』巡礼ガイド 完全版 – 週刊SPA! 『孤独のグルメ!』取材班
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