
樺沢紫苑、田代政貴『感謝脳』(飛鳥新社)は、感謝の習慣が人間の脳や心身の健康、さらには人生の好転にどのような影響を与えるかを説いています。著者の過酷な修験道の修行や、日常生活での感謝の実践を通じて得られた深い気づきが具体的に綴られているのが特徴です。
本書は、このブログでも何度かご紹介した精神科医の樺沢紫苑さんと、コミュニティ専門家の田代政貴さんが、科学的な視点と実体験の両面から、感謝が脳内物質を活性化させ病気の快復や幸福感につながる仕組みを解説しています。
「感謝の言葉が大切だ」
ということは、自己啓発の啓蒙書では必ずといっていいほど出てきますし、新興宗教の教えにもありそうです。
しかし、その限りでは、学術的な根拠はありません。
そこで、精神科医の樺沢紫苑さんや、コミュニティ専門家の田代政貴さんが、科学や医学の論文報告を根拠にして、それをわかりやすく解説するという内容です。
巻末には、具体的に出典となった論文も紹介されています。
身体的健康への効能
本書では、「身体的健康」「精神的健康」、そしてそれらを支える「脳科学的メカニズム(脳内物質)」の3つの観点から解説されています。
まず、感謝の習慣は、直接的に身体の不調を改善し、健康寿命を延ばす効果が確認されています。
睡眠の質と量の改善
英国マンチェスター大学の研究(401人対象)によると、感謝の気持ちを抱きやすい人ほど主観的な睡眠の質が高く、寝付きが良くなり、日中の眠気が減少することがわかっています。寝る前の不安や心配といったネガティブな感情が減り、リラックス状態で入眠できるためです。
痛みの軽減
感謝は慢性的な痛みを和らげます。関節炎や慢性の痛みがある患者を対象とした研究では、感謝日記やワークを行うことで痛みの強さや不安が改善し、幸福度が高まりました。これは、体内の炎症マーカーの減少とも関連しています。
心血管系の健康と高血圧の改善
ロンドン大学の研究では、2週間の感謝日記をつけることで拡張期血圧(最低血圧)が低下したと報告されています。感謝の気持ちが強い人ほど、心血管機能や自律神経系の活動にプラスの影響を与え、炎症数値を改善することが示されています。
免疫力向上と長寿
ハーバード大学の看護師約5万人を対象とした大規模研究では、感謝が多いグループは死亡率が9%低く、特に心血管疾患による死亡率は15%も低いという結果が出ています。感謝は「もっと健康に良いことをしよう」という意識を高め、運動や健康的な食事などの行動変容を促す効果もあります。
精神的健康(メンタルヘルス)への効能
感謝はストレスに対する強力な緩衝材となり、心の回復力(レジリエンス)を高めます。
ストレス、うつ、不安の減少
香港教育大学やアイルランド国立大学などの研究において、感謝日記や感謝の手紙などの介入を行うことで、ストレス、うつ症状、不安が軽減し、幸福度が高まることが実証されています。
レジリエンス(心の回復力)の向上
感謝の習慣がある人は、困難やショックな出来事に直面しても、それを「学び」や「成長の機会」と捉え直すことができ、立ち直りが早くなります。日本の大学生を対象とした研究でも、感謝日記をつけることで「無気力」が改善し、学習へのモチベーションや成績が向上することが示されています。
自己肯定感の高まり
感謝と自己肯定感は深く関わっています。感謝の習慣を持つことで、他者からの親切を受け入れやすくなり、「自分は大切にされている」「自分には価値がある」という感覚(自己肯定感、自己効力感)が育まれます。
脳科学的メカニズム(脳内物質の分泌)
これらの健康効果は、感謝することによって脳内で分泌される**「4つの主要な脳内物質」**によって説明できます。
ドーパミン(意欲・達成の幸福)
何かを達成したり褒められたりして「ありがとう」と感じるとき、脳の報酬系が刺激されドーパミンが分泌されます。これにより意欲、集中力、記憶力が高まります。
セロトニン(癒やし・健康の幸福)
感謝によって脳の扁桃体(不安や恐怖を感じる部位)の興奮が抑制され、セロトニンが活性化します。これにより、不安が解消され、心の安らぎや平常心がもたらされます,。
オキシトシン(つながり・愛の幸福)
人に親切にしたり、感謝の気持ちを伝えたりすると「オキシトシン」が分泌されます。これは免疫力の向上、心臓の保護、ストレス物質の減少など、身体の修復と深い関わりがあります。オキシトシンは「親切」と「感謝」の相互作用で分泌が増幅されます。
エンドルフィン(鎮痛・多幸感)
極限状態や逆境において感謝を見出すとき(脳内麻薬とも呼ばれる)エンドルフィンが分泌され、強い鎮痛作用や多幸感をもたらします,。
逆に、悪口や不平不満を言い続けると、ストレスホルモンである「コルチゾール」が分泌され、記憶を司る海馬の神経細胞を破壊し、認知症リスクを3倍に高めるというデータもあります,。
それについては、「言い続ける」だけでなく、「聞かされる」方も、脳に対して副影響を及ぼします。
理由は、よくいわれる、「脳は主語を考慮しない」からです。
誰が誰に対して言ったかに関係なく、文意を脳は額面通り受け止めてしまうというのです。
もちろん、建設的な異論や疑問や批判はいいのです。大いにやりましょう。
が、解決や対案のない、もとい、そういうものは求めていない、愚痴ることが目的化している悪口や不平不満は、言うだけでなく、ひとさまに聞かせることもNGということです。
「すみません」の一部は置き換えてもいいのでは?
#猫のひとりごと
(小太郎)盲亀浮木の喩え
お母さん
『阿含経』に「世に生まれて人となること難し、仏世に値ふことまた難く、なお大海の中に盲亀??の浮木に値ふがごとし」とある
大海に棲む盲亀??は百年に一度だけ水面上に首をだすんだ、漂う浮木の穴に首を入れる難しさを言っている pic.twitter.com/nXYxG84ZCC— 西舘野たいら (@klr7IWgwbrUqFtz) January 21, 2025
一点だけ指摘をしておきます。
本書には、「盲亀浮木」という仏典の話が紹介され、それが「ありがとう」の語源だとしています。
目の見えない亀が100年に一度浮かび上がり、
広い海を漂う流木の穴に偶然出会うことはほぼない、
それほど人間に生まれることや仏法に出会うことは稀である
日本では、この「稀である」という考えと、語義の「有り難し(めったにない)」が結び付けられた。
だから、「ありがとう」の語源はお釈迦様、と説明される向きがあります。
本書もその立場を取っていますが、言語歴史学的に、そのような証拠はありません。
ただし、「有ることが難しい」=「めったにない・珍しく貴重である」という意味から、感謝の言葉になったことはたしかであり、また「盲亀浮木」という仏典も実在します。
つまり、言語歴史学的には間違いではないが、お釈迦様が「ありがとう」と言ったという史実はない、というのがマジレスです。
まあ、似たような意味だから、両者を結びつけることで、「お釈迦様」の名前を使って説得力をもたせ、マインドセットをしたかったのでしょうね。
日本人は、依頼とかお礼とか、なにかにつけて「すみません」という表現が一般的ですが、少なくともお礼の部分は、「ありがとうございます」に置き換えてもいいかもしれませんね。
みなさんは、「ありがとう」と、1日に何回ぐらい言われていますか。



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