品川から5分、京急線特急も停まらない「立会川」が面白い!龍馬の初陣から東京駅から届く水など意外すぎる5つの発見

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品川から5分、京急線特急も停まらないの「立会川」が面白い!龍馬の初陣から東京駅から届く水など意外すぎる5つの発見

東京都品川区に位置する立会川。幕末に坂本龍馬が沿岸警備にあたったゆかりの地として、彼の銅像や復元された浜川砲台の大砲が設置されています。一方で、処刑場へ向かう罪人を見送った涙橋の悲しい歴史や、水質悪化に苦しんだ川を復活させたボラの大群の騒動などもありました。

今日は、その立会川ついてご紹介します。

立会川(たちあいがわ)は、東京都目黒区を源とし、品川区を流れて東京湾に注ぐ、全長約7.4kmの二級河川です。

その下流にある品川区の駅は、京急線の立会川(たちあいがわ、東京都品川区)です。

駅を降りてすぐ近くにある北浜川児童公園には、坂本龍馬20歳の像が建っています。

そこからゆっくり5分ほど歩きますと、かつて土佐国高知藩の下屋敷があった新浜川公園に、浜川砲台が復元されて置かれています。

この砲台は、30ポンド6貫目ホーイッスル砲を原寸大(全長3メートル、車輪の直径1.8メートル)で再現したものだそうです。

立会川に記念像や砲台があるのは、1853年のペリー来航(黒船来襲)の際、江戸を守るために土佐藩がこの地に「浜川砲台」を築き、当時江戸で剣術修行中だった若い坂本龍馬も、藩の命令でその警備に駆り出されたという、当時江戸で剣術修行中だった若い坂本龍馬も藩の命令でその警備に駆り出されたという、歴史的なゆかりがあるからです。

泪橋(涙橋)

参考になる動画です。

一昨日、大森についてご紹介したとき、旧東海道の「美原通り」では、今も海苔の販売が行われていると書きましたが、


その旧東海道の、立会川にかかる橋には、泪橋(涙橋)があります。

立会川にかかる旧東海道の橋「浜川橋(はまかわばし)」は、別名「涙橋(なみだばし)」と呼ばれており、江戸時代の非常に切ない歴史がその名の由来となっています

江戸時代、品川には「鈴ヶ森刑場」と呼ばれる処刑場がありました。

江戸府内で捕らえられ、この刑場へと送られる罪人たちは、裸馬(はだかうま)に乗せられて旧東海道を南下し、この浜川橋を渡って刑場へと向かいました。

鈴ヶ森刑場の場所は、現在の国道15号線沿いにあります。

その際、罪人の家族や親族たちが密かに見送りにやってきて、この橋のたもとでともに涙を流しながら今生の別れを告げたとされています。

この悲痛な別れの様子から、いつしか「涙橋」と呼ばれるようになりました。

実は、川やこの地域の名前である「立会川」の由来も、この涙橋のエピソードと深く結びついているという説があります。

刑場へ送られる罪人を、家族が涙を流しながら見送る(=立ち会う)場所であったことから、「立会川」の名がついたと言われています

立会川下流の「ボラちゃん橋」


立会川の下流(運河への合流付近)の水質は、かつて「死の川」と呼ばれるほど悪化していました。

そこで、2002年から、東京駅の地下トンネルに湧き出る地下水を立会川まで引いて放流するという画期的な取り組みが始まりました。

この対策によって、水質と水量が本格的に改善した結果、翌2003年には東京湾からボラの大群が立会川に遡上するようになり、駅前の「ボラちゃん橋」周辺が多くの見物人で賑わう大きなニュース(ボラちゃん騒動)に繋がりました。

しかし、合流式下水道の影響により大雨時に汚水交じりの雨水が放流されやすく、一時的な水質悪化や濁り、悪臭が発生する課題は残ります。

前にも書きましたが、大田区蒲田を流れる呑川の汚染を見下し、立会川のそれはスルーする町探訪のブログ記事を見たことがあります。

それは、大田区<品川区、という偏見に基づいたものだと思います。

東京23区の河川はすべて合流式下水道方式のため、どこも同じ悩みをかかえています。

歴史上の人物は一面的に見ないこと


以前、坂本龍馬をこのブログで取り上げたところ、「坂本龍馬は、ブログで取り上げるほど立派な人間ではない」などと唾棄コメントを書いた、高知在住を称する人がいました

私に言わせれば、仏教の「縁起」がわかっていない、一面的な物の見方しかできない思慮の浅い人だなと思いました。

たしかに、司馬遼太郎作品『竜馬がゆく』などで英雄視されすぎたため、実際の功績(薩長同盟の仲介や大政奉還への関与など)について、「実務レベルでは薩摩や長州の要人が主導したもので、龍馬ひとりの手柄のように語られすぎている」と見る研究者や地元の人もいます。

土佐藩を勝手に脱藩した経緯や、グラバー商会などを介して武器取引(亀山社中・海援隊)を行っていた「武器商人」としての実利的な側面に批判的な目を向ける人もいます。

しかし、人間も、そのなした仕事も、万物は光と影の両面を持っており、「倒幕に向けた橋渡しをした行動力」と、「武器商人や脱藩浪士としてのリアリズム」の両面を持っている人物が坂本龍馬なのだと思います。

歴史上の偉人で、毀誉褒貶(きよほうへん)がない人物なんて、ほぼ存在しません。

賛否両論がある人物こそ、むしろ考察しがいのある題材なのです。

しかし、京急の特急も止まらない小さな駅の町にも、このような語るべきスポットが有るというのは、町探訪も楽しいものですね。

みなさんの地元では、歴史の教科書に出てくるような人ゆかりの公園や記念の建造物などはありますか。

角川まんが学習シリーズ まんが人物伝 坂本龍馬 - 山本 博文, 西村 キヌ
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