「リベラルな父がネトウヨに」NHK「ハートネットTV」が描く、ディレクター自身の父親の変容した家族の分断とその深層

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「リベラルな父がネトウヨに」NHK「ハートネットTV」が描く、ディレクター自身の父親の変容した家族の分断とその深層

NHK「ハートネットTV」で放送された「対岸の父」は、知的で寛容だった父親が、ここ15年ほどの間に差別的・排外的な言動を繰り返すようになった過程を追ったドキュメンタリーです。特筆すべきは、この番組を作った女性ディレクター自身が、自分の父親の変容を題材にしている点です。

かつての父親は、本を愛し、他者に開かれた視野を持ち、多様な生き方を尊重する——今で言う「リベラル」な人物でした。しかし現在は、ネトウヨ系のYouTubeショート動画やSNSの書き込みを鵜呑みにし、マイノリティに対して攻撃的な態度を示すようになっています。

「ネトウヨ」とは何か——単純な学歴・収入問題ではない

番組を考える前に、「ネトウヨ」の定義を整理しておきましょう。私の考えるネトウヨの特徴は以下の通りです。

  • 極論をズバッと言い切ることで「カッコよさ」を求める

  • 異論に対しては根拠の薄い「反日」レッテルを貼る

  • 排他主義を基調とし、「強い者」へ憧れ「弱い者」を蔑む

  • 判断の根拠がネットコンテンツに全面依存しており、自力での調査や考察がない

重要なのは、ネトウヨになることが「頭が悪い」ことの帰結ではないという点です。大阪大学・辻大介教授らの調査によれば、ネット右翼には学歴・収入が中程度以上で、家庭を持ち、会社では役職についている人々も含まれているのです。

私の考えでは、ネトウヨとは「知らないことを知る労力を惜しむ怠惰な人たち」です。地頭の良し悪しとは関係なく、ある種の価値観に基づき、思考の節約を選んでしまう。だからこそ、文化的な水準が低くなさそうなNHKディレクターの父親が「転落」した経緯は、非常に示唆に富んでいます。

番組内の親子対話——データと感情の衝突

今日の情報源です。

番組では、ディレクターである娘が父親と直接対話する場面がありました。そこで明らかになったのは、父親の主張がネット上のありふれたヘイト発言の繰り返しであり、データに基づく娘の指摘に対して、感情的に反発する姿でした。

:「外国人の犯罪のニュースも結構多いよね。ろくでもないDNAを混ぜない方法が必要だ」
:「データでは外国人の数は増えているのに、犯罪検挙者数は減っている」
:「娘が同性と結婚したいと言ったらみんな悩む。子孫が途絶えるから」
:「結婚の目的が必ずしも出産とは限らない」

こうした冷静な反論に対し、父親は「全部お前の言うことを認めなければいけないのか?それはおかしい」と激怒し、対話は打ち切られてしまいます。

政治学者の秦正樹教授(大阪経済大学)はこの反応を「動かしがたい現実から逃れるための、他者への攻撃」と分析します。父親は都合の悪い事実と向き合いたくないか、まともな反論の根拠を持ち合わせていなかったのです。

社会学者の伊藤昌亮教授(成蹊大学)は、こうした人々の心理を「自分たち(中間層)も大変なのに、弱者ばかりが注目されることへの不満」ではないかと指摘します。「お前たちがいなければ自分たちが守られるのに」という感情です。伊藤教授は「そういうことを言う人は、本当に『普通の人』なんですね」と語ります。

しかし、根本的な誤りはここにあります。正すべきは、中間層ですら不安を感じる「政治そのもの」であって、「弱者」ではないのです。

父親の「転落」を整理する——二つの要因

このディレクターの父親の変容を、私は以下の二点に整理したいと思います。

  1. はけ口としてのスケープゴート化
    真面目に道徳的に生きてきたにもかかわらず、現代社会で幸福感を感じられない。その不満や無力感のはけ口として、より弱い立場の者を標的にし、非寛容で攻撃的になってしまった。

  2. 「自己愛」による学習機会の拒絶
    「子は親に意見すべきでない」「他者からの批判は許さない」といった非合理的な態度を恥じない自己愛が、自分を省みたり、成長する機会を自ら閉ざしてしまっている。

第一の点に対しては、誤解や歪曲に対して事実を提示し続けることが重要です。第二の点については、これはもはや「ダサい」と言わざるを得ません。過度な自己防衛は、かえって成長を阻むのです。

ブログを書くこと、意見を交わすこと

これはブログを書く私たちにも通じる教訓です。中には「これは私個人の意見です」とことさら断りを入れる人もいます。個人ブログで書く意見が「個人の意見」なのは当然です。その断りは、「異論や反論、事実誤認の指摘は一切ご勘弁」という自己防衛にほかなりません。

不特定多数に向けて発信する以上、様々な反響があるのは当然です。それが全て自分に都合の良いものとは限りません。もちろん、悪意に満ちた批判にいつまでも付き合う必要はありませんが。

自分は77億人の中の一人の「ザコ」に過ぎない——このくらいの相対化された視点を持てれば、気持ちも楽になり、他者からの誠実な指摘も素直に受け止められるようになるのではないでしょうか。

家族の分断は、社会の分断の縮図です。このドキュメンタリーは、その深層にある感情と力学を、身近な事例を通じて私たちに突きつけています。

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