ある男(平野啓一郎、コルク)は、父親が殺人犯死刑囚ため背乗りしたXと自己同一性に悩みながら正体を突き止める在日三世弁護士の話

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ある男(平野啓一郎、コルク)は、父親が殺人犯死刑囚ため背乗りしたXと自己同一性に悩みながら正体を突き止める在日三世弁護士の話

『ある男』(平野啓一郎、コルク)は、父親が殺人犯死刑囚ため背乗りしたXと自己同一性に悩みながら正体を突き止める在日三世弁護士の話です。いずれも、自らの血(統)に翻弄されながら、その「ほしのもと」に抗い、名前を変える意味を考えさせるヒューマン作品です。

『ある男』は、芥川賞作家・平野啓一郎さんの小説です。

2022年には、石川慶監督、向井康介脚本、妻夫木聡、窪田正孝、安藤サクラらの出演で映画化(松竹)されました。

すでにサイトでは、ネタバレのレビューが複数ありますので、踏み込んで書いてしまいますが、これは他人へのなりすましである「戸籍交換」と、自らの「血統」に人生を翻弄される相克を描いた作品です。

すべてではありませんが、以下はほぼネタバレなのでご注意を。

前書きによると、本作作者の飲み友だちの城戸さんが、最初は偽名を使って自分を隠していたところ、作者が作家であることを知ってから気を許し、自分が弁護士であることを打ち明けます。

その弁護士の体験だと言うんですが、まえがきから、すでにフィクションは始まっているのかもしれません。

まあ、実話でも創作でも、そのへんはどうでもいいことです。

「愛したはずの夫はまったくの別人だった」というコピーは、いかにもサスペンス調ですが、ミステリー小説のようなテンポやどんでん返しはありません。

内容は、登場人物の心理に惹き込まれるヒューマンドラマではないかと思います。

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「そういうんじゃなくて、全然別人ですよ」

里枝(安藤サクラ)には、前の結婚は息子と娘がいましたが、娘が脳腫瘍の闘病中からその治療を巡って前夫とはうまくいかなくなりました。

そして、娘は亡くなり、2004年に調停の末、前夫は新しい助成と巡り合うことで離婚が成立しました。

さらに実父が亡くなったことがあり、息子を連れて実家の文具店に出戻った里枝は、たびたび画材を買いに来ていた、口数の少ない谷口大祐(窪田正孝)と出会い、その人柄に惹かれて再婚します。

新たに生まれた子供と4人で幸せな家庭を築いていましたが、数年後、大祐は林業の作業中、倒木の下敷きとなり、ナくなりました。

伊香保温泉の次男坊と聞いていたので、実家とは絶縁状態とのことでしたが、連絡をしました。

やってきた義兄・恭一(眞島秀和)。

「最期までいろんな人に迷惑をかけて‥‥。お線香いいですか」

仏壇を前に、義兄が言う。

「写真‥置いてないんですね」
「はい‥?置いてますけど」
「どこですか。え、どれ‥」
「変わってますか、昔と?」
「いやいや、変わっているとか、そういうんじゃなくて、全然別人ですよ、コレ」
「大祐さん、じゃないんですか? え、お兄さんの恭一さんですよね?」
「僕はそうですよ」
「じゃあこの人‥誰なんですか」

愛したはずの夫「大祐」は、まったくの別人だったのです。

しかも、亡夫が持っていたアルバムには、ちゃんと恭一が写っていました。

つまり、別人の戸籍に背乗りしただけでなく、亡夫は完全に「生き様」まで譲り受けていました。

「とにかく、あなたにヘンな企みがあるとかじゃないんだったら、……気の毒ですけど、あなた、この人に欺されてたんですよ。コイツは、僕の弟じゃないです。誰かが大祐になりすましてたんですよ」

「谷口大祐」として生きた「ある男」は、いったい誰だったのか。

何故、別人として生きていたのか。

在日三世で帰化した弁護士である城戸章良(妻夫木聡)は2008年、前夫との離婚裁判の依頼人だった里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫「大祐」の身元調査という奇妙な相談を受けます。

なぜ「大祐」、作中ではーXと呼んでいますがーが、自分の人生を上書きする気になったのか。

Xは、小林誠という、谷口大祐とは本来、縁もゆかりもない人物でした。

よくある対応ですが、自分の父が人ゴロしであることから、母親の姓である原誠をいったんは名乗ります。

1997年にはボクシングの新人王トーナメントで優勝してボクサーとして成功しかけますが、父の顔と自分の顔がそっくりであることから、当時の記憶や自分に流れている父と同じ「血」に拒絶反応を示し、万引きで3度検挙されるなど精神的に不安定になります。

その後、背乗り業者の小見浦憲男(柄本明)によって、曾根崎義彦という戸籍を買いますが、それは知的障害があるホームレス(映画では「ヤクザの息子」に改変)だったことから、再び戸籍を買い、谷口大祐になりました。

弁護士の城戸は、死刑囚の絵画展に参加し、Xの父親が描いたXを見たことで、X(小林誠)のルーツを知ります。

「大祐」を探す過程で、もともと持っていた「自分は何者なんだ」という城戸章良の、在日として抱き続けた差別や偏見に対する葛藤が描かれます。

すでにネタバレサイトが多数あることもさることながら、本作はあくまで、Xの生き様について、城戸がその正体を追い、何人もの人に会って“真実”に近づくにつれて、その心に別人として生きた男への複雑な思いが生まれていく心理描写や葛藤がポイントのため、ストーリーが大筋で分かるような書き方となりました。

すぐ、「ネタバレ厳禁」と叫ぶ「自称映画通」もいますが、作品鑑賞の醍醐味って、ネタそのものだけじゃないと思いますよ。

流れをあらかじめ知るからこそ、最も大切な人物の心理描写に目が向くということもありますし、それによってむしろ、原作や映画を見たくなる、という気持ちにされることもあります。

背乗りはいけないが姓は変えたいと思いませんか

戸籍乗っ取り(背乗り)は、公正証書原本不実記載等罪というれっきとした犯罪行為です。

ただ、シ刑囚の子弟が、姓を変えて生きるというのは、本人の人権を守るために許容すべき点もあるように思いますが、いかがでしょうか。

私は、2019年に姓の「読み」を変更しました。

「読み」だけでも、役所から銀行から、一通り手続きしましたよ。

父方の一部の親類から、祭祀承継を巡って非常識な迷惑を受けたことで、その一族と親戚でありたくないため、そうしました。

もう飽きちゃったのか、「選択的夫婦別姓」とやらが最近はあまり取り沙汰されなくなりましたが、あれは家制度の枠内にある、現行よりも後退した制度に過ぎず、「選択」の幅をもっと広げたときこそ、真に現民法にふさわしい素晴らしい制度になると思っています。

「幅」のひとつが、婚姻時以外の姓の変更と選択も自由に認めることです。ただし1度だけとか条件がついても構いません。

無原則には認められないというのなら、たとえば先祖直系3親等(曽祖父母)の旧姓まではOKとかね。

私は本当は、父方の曾祖父が、養子に入って姓が変わったので、その旧姓を名乗りたいのです。

しかし、曽祖父はとっくに亡くなっているので養子縁組手続きができませんから、そういう変名の機会があるといいなと思っています。

みなさんは、名前を変えたいと思ったことはありませんか。

以上、『ある男』(平野啓一郎、コルク)は、父親が殺人犯死刑囚ため背乗りしたXと自己同一性に悩みながら正体を突き止める在日三世弁護士の話、でした。

ある男 (コルク) - 平野啓一郎
ある男 (コルク) – 平野啓一郎

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