泉ピン子さんが、実の親同然に慕った脚本家・橋田壽賀子さんとの深い絆と別れを『文春オンライン』で語った記事が話題です。

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泉ピン子さんが、実の親同然に慕った脚本家・橋田壽賀子さんとの深い絆と別れを『文春オンライン』で語った記事が話題です。

泉ピン子さんが、実の親同然に慕った脚本家・橋田壽賀子さんとの深い絆と別れを『文春オンライン』で語った記事が話題です。橋田さんの最期を看取り、散骨まで執り行った泉さんは、葬儀にドラマの共演者が誰も現れなかった冷酷な現実に直面し、人間の本性を目の当たりにします。

さらに、供養を巡る週刊誌のバッシングにもさらされますが、泉さんを支えたのは故人が遺した「お天道様は見ている」という教えでした。

周囲との確執や孤独を抱えながらも、泉さんは恩師の言葉を胸に、熱海の地で故人を偲び続ける決意を明かしています。

仕事仲間との複雑な関係性を説いた橋田流の人生訓が、遺された彼女の心の救いとなっている様子が描かれています。

『渡る世間は鬼ばかり』ファミリーの態度に失望


泉ピン子さんが、熱海に移住したほど橋田壽賀子さんを慕うのは、『おしん』や『渡る世間は鬼ばかり』などで、女優としての確固たる地位を築かせてもらったことはあるでしょう。

泉さんが長年にわたって書いた手紙は100通を下らず、当然看取りも行っており、「まるで本当の親子よね。これが家族じゃなきゃ、一体何だっていうのよ」と表現しています。

橋田さんの一周忌や三回忌は、彼女の意向を汲んで、泉ピン子さんが質素に行いました。

また、泉さんは遺骨の一部を譲り受け、客船「飛鳥」に乗って熱海沖で散骨したり、遺品である腕時計を納めるためにお墓参りに足を運んだりしています。

ところが、葬儀の際に、なんと『渡る世間は鬼ばかり』の共演者から式の参列どころか花すら一切届かなかったことや、週刊誌による泉さんに対するでたらめな報道(泉ピン子は遺骨なんか持っていない。散骨はポーズ。魚の骨でもまくのか、など。)などで悲しい思いをしたそうです。

「住職さんだって怒ってた。こんなに世話になったのに、誰も来ないのかって。」

しかし、泉さんは、橋田さんが生前に教えてくれた、「天知る、地知る、吾知る(天が見てる。地が見てる。自分が一番わかってるよ)」という言葉が心の救いになっていると語っています。

泉ピン子さんは、文学座の大重鎮、杉村春子さんの墓参りも御夫婦で行ったそうですが、やはり命日でも文学座からは花ひとつなかったそうです。

橋田さんや杉村さんの功績を考えたら、考えられないことですね。

人生は呉越同舟

橋田壽賀子さんは生前、泉さんにこうもおっしゃっていたそうです。

「ピン子! 人生っていうのはね、全部が全部好きな人ばっかりに囲まれてるわけじゃないんだよ。一緒に仕事してる人間だってそう。『渡る世間』だって呉越同舟じゃない?」

 好きな人も嫌いな人も、一つの現場で一緒にやっていく。それが仕事であり、人生。

 会社もそうでしょう。好きな人だけが集まるわけがない。敵がいれば味方もいて、考え方も全員違って当たり前。だからこそ、筋だけは通して生きろ、と。

私は、この一節が心に響き、今回記事にしました。

何度かご紹介しましたが、私も1986年に『ああ家族』(石井ふく子P、橋田壽賀子脚本)というドラマで、「呉越同舟」させていただいたのは、老後の一つ話にできそうです。

ああ家族.jpg

子供の頃、東京映画で憧れのヒロインだった大空真弓さんと一緒のシーンを、日本一のホームドラマコンビが作った作品で実現できたのですから、これ以上のハイライトはないですね。(左端が大空さんで私は右から2番目ね)

お金を放り投げてスタッフに心付けをするエピソード

泉ピン子さんのエピソードについては、以前もご紹介しました。

泉ピン子、“最恐”なふるまいの真相

旧聞ですが、「東京スポーツ」(2012年11月29日付)の記事です。

「2時間ドラマの制作スタッフが明かす。
「楽屋へあいさつに行くじゃないですか。するとピン子さん、テレビを見てたりしててこちらには目も一切くれず、万札を投げつけるんです。それが“今回よろしくね”の意味で、受け取らないと収録中は完璧に無視されるんですよ。スタッフの階級などによって額は違いますが、相場はだいたい1万~5万円です。
 聞けば万札を「渡す」ではなく、本当に「投げつける」らしい。それはそれで長年の経験がなければできない高等テクニックではある。同スタッフは「金を出せばなんとでもなると思い込んでる嫌な女優」と眉をひそめるが、裏を返せば、薄給の下請け制作マンにとってはありがたい小遣い。ピン子なりの心配りとも言えるかもしれない。」

泉ピン子さんは苦労人で、やっと芽が出たのが27歳の時。

「ウイークエンダー」という大人の番組で、女優になるまでそこからまた時間がかかりました。

食えない時代を経験しているから、安月給のサブディレクターに、これでうまいものを食べろ、という気持ちはあるのだろうと思います。

しかし、そこで、車寅次郎のように、にっこり笑って、「あんちゃん。これで美味いものでも食いなよ」と、優しく手を握ってお金を渡したら、「悪役・泉ピン子」のキャラは死んでしまうのです。

そこで、視線を合わさず、お金を放り投げる。

この記事を書いたときも、「いや、でも泉ピン子はやっぱり嫌なやつだ」と、譲らないコメントもありましたが、その人自身はさぞ、善人なんでしょうね。

みなさんは、お世話になった人の墓参りをしたり、心に残った言葉を人生訓として役立てたりされていますか。

ピン!として逝くのもいいじゃない ピン子78歳、最後に残したい言葉 - 泉ピン子
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