
YouTubeの「2ch風いい話」の類いには、本物っぽく見せる創作が含まれることがあります。ある動画の設定が甘かったので、「設定が甘いな」とコメントしたところ、「そんなことはない」と反論する人がいたので、このブログにもシェアしておきます。
YouTubeの動画には、2ちゃんねるのスレッドに書かれている「身の上話」を動画化した体裁の構成があります。
しかし、本当に2ちゃんねるが出典なのか、それを装った創作なのか、そもそも2ちゃんねるのスレッド自体が架空の「身の上話」なのかは、曖昧です。
ただ、少なくとも、youtube動画には、創作とすぐにわかるものがあることは確かで、それはやはり設定が甘い(現実的に考えにくい)ことが多いのです。
たとえば、こういう動画がありました。
両親に紹介したい人がいると言ったら突然表情が曇り始めたんだがそれには衝撃的な理由が隠されてた…#2ch #2ch面白いスレ #shorts https://t.co/SQwl5hjM19 @YouTubeより
— 梅じゃ子 (@sorasodawahaha) May 15, 2026
ある男性が、結婚を前提とした交際相手を両親に紹介しようとしました。
すると、父親が「話がある」といい、面と向かってもしばらく沈黙。
反対なのかと思ったら、父親から「実は、俺とお前は血縁関係がない」という告白。
息子は母親の連れ子だったのです。
重苦しい雰囲気の中で父は謝罪し涙を流しますが、実は息子は幼少期の記憶からその事実を以前から知っていました。
5歳のとき、母親に紹介された優しい男性が今の父親になったことを理解した上で、息子は彼を本当の親として慕い続けていたのです。
この告白を経て、家族の絆はより深まり、現在は孫にも恵まれ、全員が幸せな生活を送っている、という話です。
こういう話は、無条件で感動しなけれはならないらしいのですが、私は、「設定が甘いな」とコメントしました。
戸籍、そしてそれ以外にも疑える機会はある
なぜなら、妻は再婚して新夫の戸籍に入っても、連れ子は自動的にその戸籍には入れません。
新夫の「養子」として入籍します。
妻が筆頭者の戸籍に新夫が入ったとしても、子の父親名は、実父のままです。
ですから、実の親子でないのは、戸籍を見れば隠しようがありません。
それを指摘すると、「いや、そんなことはない」という反論がありました。
「戸籍を確認するなんて、なかなかあることではない」というのです。
だから、父親の戸惑いはあり得ることなんだと。
そうでしょうかね。
これは、2つの点で、違うと思いました。
たしかに、子が戸籍を確認する機会がいつあるかはわかりません。
かりに、結婚するまでなかったとしましょう。
しかし、わたしが言いたいのは、一目瞭然の証拠(戸籍)が歴然としているのに、自分たちが話すまでわからないだろうなどとたかくくっている親がいるわけ無いだろう、ということです。
現実の再婚家庭や養子縁組家庭では、「どう伝えるか」「いつ話すか」は長年のデリケートなテーマになりやすいのです。
私に反論した人は、子の側から「戸籍なんて確認しない」と否定しているわけですから、親の立場になって考えていない恨みがある、と思いました。
そもそも戸籍以外に、
幼少期の写真
親族の不用意な発言
年齢や時系列のズレ
学校提出書類
血液型
子供の頃を親子で回顧するとき
など、気づく契機はいくらでもあります。
父方のイトコとか、他人なんですよ。
父親が親族全員に「隠しとけ」って命令したって、自分だけ顔が似てないとかさ、いくらでも疑問は出てくると思いますよ。
その意味でも、実際に「複雑な家庭」に育った人なら、この設定には引っかかるのではないでしょうか。
感動したい人は勝手にしてればいいんだけどさ……
……という私のツッコミには、「野暮な意見」と言い出す人が必ずいると思います。
過去にも、わたしのアンチから何度もその手のコメントは有りました。
こういったネット上の短編コンテンツは、厳密な整合性よりも、「実は知っていた息子の優しさ」に感動すればそれでいい、という人がいるのです。
設定が嘘くさい話でも涙流して、「あたしって情が厚くて素敵」と思うのは自由です。
でも、リテラシー、つまり、「嘘を嘘と見抜く」ことは、ネットの世界ではすごく大切なことだと思うのです。
とくに、政治や経済のテーマの動画も、たくさん配信されている以上、入ってくる情報は鵜呑みにせず、つねに「疑う」気持ちは忘れないでいただきたいのです。
そして、もうひとつは繰り返しになりますが、今回のように、実は大変デリケートな話についても、「感動すればそれでいい」という「消費」のクセをつけてしまうことへの懸念です。
単純化されたストーリーが、現実の複雑な家族問題に対する理解を歪める可能性があるからです。
感動できる心は、本来素晴らしいものです。
わたしの結論は、「感動するのはいい。でも、設定の怪しさは別にチェックしよう」ということです。
みなさんは、そういう「感動動画」は、カタルシス優先で素直に受け止めますか、それともリテラシーをきかせて懐疑的に見ますか。

3秒で心をつかむ ショート動画の作り方 – マーク(熊田勇真)


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