サッチー・ミッチー騒動を浅香光代さんの訃報で思い出し、メディアの騒動には裏があるとを疑った方がよいと改めて確認する

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サッチー・ミッチー騒動を浅香光代さんの訃報で思い出し、メディアの騒動には裏があるとを疑った方がよいと改めて確認する

サッチー・ミッチー騒動を、浅香光代さんの訃報で思い出しました。2004年6月28日。東京高裁(赤塚信雄裁判長)は「サッチー・ミッチー訴訟」の判決公判を開いています。1999年以来続いていた野村沙知代さんバッシングがやっと終結した日です。

サッチー・ミッチー騒動とはなんだ

野村沙知代さんが、浅香光代を名誉棄損で訴え、1億1000万円の賠償を求めた控訴審判決で、110万円の支払いを命じた1審東京地裁判決を支持。

双方の控訴をいずれも棄却した判決が出ました。

判決は、「浅香光代被告は名誉棄損をした。ただし、その中には真実相当性が認められるものもある」というのが、1億1000万円→110万円へ減額された理由です。

まあ1億という金額自体がべらぼうですが、110万円で終結。あの騒動はいったいなんだったんだろう、という気が改めてしてきます。

騒動を振り返ってみましょう。

持ち上げていたくせに叩いたメディア

野村沙知代さんは、夫の野村克也さんがヤクルト監督をつとめていた頃から、タレントのような扱いでメディアに登場し始めました。

それが、サッチー・ミッチー騒動が起こると一転して叩く側にまわり、学歴詐称が不起訴になったり、脱税問題が執行猶予がついて決着すると、またしてもタレントとして使い始めるという節操のない態度をとりました。

メディアが、それまで持ち上げてきた野村沙知代さんに対して、手のひら返しをしたのは1999年3月31日。

剣劇女優・浅香光代さんがラジオ番組で「あんな人はもうイヤ。ひっぱたいてやりたい」と野村沙知代へケンカを売ったことに端を発します。

「何が代議士よ。あいさつもろくにできないのに何考えてんだ。税金の無駄遣い。笑わせるんじゃないってんだよ!」

「テレビの若い人や運転手を『バカヤロウ』と怒鳴りつけるなど弱い者いじめが過ぎる。あんな女を番組に起用するから増長する」などとブチ上げ、野村沙知代さんの写真を破り捨てました。(『ZAKZAK』1999年4月1日更新)

浅香光代91歳、野村沙知代さんとのバトルを振り返る(週刊女性PRIME)
 昭和から平成に世間を騒がせた有名人に、ズバリ「あの騒動の真っ最中、何を思っていたか?」を語ってもらうインタビュー。当事者だからこそ見えた景色、聞こえてきた囁き、そして、当時言えな

ここには、具体的に野村沙知代さんがどんなにひどい人かが述べられていますが、しょせんは私憤であり、メディアを通して論考するような問題ではないはずです。

嫌なら、付き合わなければいいのです。

ところが、これに、デヴィ夫人や美輪明宏、渡部絵美、十勝花子らが参戦。

野村沙知代さんが、芸能ムラの連中やマスコミから集中砲火を浴びる形となりました。

ワイドショーや週刊誌は、この「ミッチー・サッチー騒動」を大きく取り上げ、野村沙知代さんはあっという間に天下の極悪人扱い。

たしかにその間、公職選挙法違反(学歴詐称問題)、脱税などの事件が発生しました。

しかし、正当な批判というより、「極悪人だからどんな叩き方でも世間は許すだろう」といわんばかりに、メディアは無分別に野村沙知代叩きを敢行した面は否めません。

その中には噂や憶測の域を出ないものや、たんなる見解の相違に過ぎないものも少なくなかったため、自身の学歴詐称騒動や脱税事件が沈静化してから、野村沙知代さんは、浅香光代さんを含めて、自分を誹謗・中傷した人を次々訴えました。

野村沙知代さんが起こした名誉棄損件数は計31件、賠償請求額は合計5億円とも伝えられています。

たとえば、公職選挙法違反として、野村夫妻の結婚した年(1972年)が嘘だとされましたが、1972年は2人は事実婚状態でカツノリが生まれており、裁判では「結婚が嘘」という主張は退けられています。

これはもう、言いがかりでしょう。

好き嫌いはあっていい のです。

でも、メディアとして「嫌いなやつはつぶせ」といわんばかりの姿勢は許されるのか、という話です。

しかも、つぶさなければならないほどの存在にしたのはメディア自身なのに……。

浅香光代さんの大騒ぎは、公共性・公益性にかなった行為だったのでしょうか。

そうだといえるのは、学歴詐称の告発だけであり(結局これも不起訴)、それ以外にメディアを使って行った野村沙知代さんに対する罵詈雑言は、私憤にすぎません。

もちろん、それに同調したコメンテーターを含めたタレントたちの責任も重いし、何より毎日、もしくは毎週、野村沙知代さんの誹謗中傷に熱中したメディアは何の責任も取らなくていいのかと思います。

サッチー・バッシングの狙いはなんだったのか

サッチー・バッシングについて、冷静なコメントを発している人ももちろんいました。

芸能ライター・佐々木慎吾さんは、バッシングが始まったのがプロ野球の開幕直前だったこと、巨人が低迷してからバッシングが激しさを増したことなどから、「(バッシングは)夫である野村阪神監督への揺さぶり」という野村沙知代さんの「読売陰謀説」を支持。(『日刊ゲンダイ』1999年5月26日付)

「野村沙知代批判を繰り返している面々も、実はそれ以上にウサン臭かったり、目クソ鼻クソのタグイ」とバッサリ切り捨てたのは、当時休刊前だったスキャンダル誌の『噂の真相』です。

“闘う女剣劇士”と持ち上げられた浅香光代さんも、自身の過去を暴いた怪文書の隠ペい工作を図るなど、他人のことを言えた立場ではないと同誌は指摘しました。

にもかかわらず野村沙知代さんただ一人が槍玉に上げられるのは、「視聴率を稼ぎたいワイドショー側と、それぞれに思惑のある連中がお互いの利益で結びつ」いているという構図をあぶり出しています。(『噂の真相』1999年8月号)

元ワイドショープロデューサーの中築間卓蔵氏は「重要法案が審議されるとき、決まったように視聴者の目をそらせる事態が起こるのは不思議」と語ります。(『しんぶん赤旗日曜版』2003年6月1日付)

ミッチー・サッチー騒動の続く1999年8月、通信傍受法(盗聴法)、国旗国歌法(日の丸・君が代法)、改正住民基本台帳法が次々と成立してしまったからです。

いずれにしても、メディアの騒動には裏がある、ということを疑った方がいいということでしょう。

以上、サッチー・ミッチー騒動を浅香光代さんの訃報で思い出し、メディアの騒動には裏があるとを疑った方がよいと改めて確認する、でした。

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