路線バスが街から消えていく。この数年、そんなニュースを目にする機会が増えています。「○○線の廃止が決定」「××地区への路線バスが減便」といった見出しの裏には、バス運転手の慢性的な不足という深刻な問題が横たわっています。
日本バス協会の推計によると、全国のバス運転手の人数は2024年度時点で約10万8千人。
しかし、2030年度には9万3千人にまで減少する見通しで、結果として約3万6千人ものバス運転手が不足する状況になると予測されています。
この数字は、日本の公共交通網の根幹が揺らいでいることを示す警鐘と言えるでしょう。
なぜ、このような深刻な状況に陥っているのでしょうか。
本記事では、バス運転手不足の背景にある「少子高齢化」「労働環境の問題」「事故によるイメージ悪化」などの要因を掘り下げ、私たちの生活に直結するこの問題について考えていきます。
少子高齢化がもたらす二重の打撃
バス運転手はやめとけ・やばいと言われる6つの理由とメリットも紹介 https://t.co/oftYG9xxMM
— 赤べコム (@akabecom) April 24, 2025
バス運転手不足の最大の要因として挙げられるのが、日本社会全体が直面している少子高齢化問題です。
この現象はバス業界に対して、二つの側面から深刻な影響を与えています。
働き手そのものの減少
少子化による労働人口の減少は、バス業界だけでなく日本の多くの産業に影響を与えています。
しかし、特にバス業界ではその影響が顕著に表れています。
現在、バス運転手の年齢構成を見ると、50~60代が約50%を占めており、若手である20代以下~30代の割合はわずか4.2%に過ぎません。
つまり、10~20年後には現在のベテラン運転手の多くが退職する一方で、その穴を埋める若い世代が極めて少ないという危機的状況にあるのです。
帝国データバンクの調査によると、民間バス主要127社中、103社(81.1%)が2023年度以降に減便・路線廃止を実施予定で、ほとんどの会社が理由として人手不足を挙げています。

この数字からも、問題の深刻さが窺えます。
大型免許保有者の減少
少子高齢化に伴う影響として、バスの運転に必要な大型二種免許の取得者も減少しています。
若年層の自動車離れや、大都市部ではマイカーを持たない生活スタイルの浸透により、そもそも運転免許を持たない若者が増加。
そこからさらに大型免許や二種免許を取得する人が減ることで、バス運転手の候補となりうる人材プールそのものが縮小しているのです。
国土交通省の統計によると、バス運転者の平均年齢は年々上昇しており、これは新規参入者の減少に加え、既存運転手の高齢化が進んでいることを示しています。
この傾向が続けば、近い将来、多くの地域で公共交通サービスの維持が困難になる可能性が高いと言わざるを得ません。
厳しい労働環境が若者を遠ざける
おはようございます??
4月21日木曜日京阪バスの会社説明会の日
きょうも素敵な1日に
致しましょう路線バスを残したいと
個人的にいつも思っている
野村さんなので本日も
勝手に拡散しております??気軽な会社説明会へ
ご参加ください京阪バス運転士採用情報
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若者がバス運転手を選ばない理由として、もう一つ大きな要因となっているのが労働環境の問題です。
長時間労働と不規則な勤務体系
バス運転手の労働環境の特徴として、「長時間労働」と「不規則な勤務時間」が挙げられます。
とりわけ朝の通勤ラッシュと夕方の帰宅ラッシュにバスの運行本数が集中するため、いわゆる「分割勤務」(朝と夕方に出勤する勤務形態)を強いられることが多く、実労働時間に比べて拘束時間が長くなりがちです。
厚生労働省の「バス運転者の改善基準告示」によれば、バス運転手の年間総拘束時間は最大で3,300時間、1か月の総拘束時間は281時間を超えないよう定められていますが、この数字は一般的な職種に比べて依然として長時間です。

実際、一部のバス運転手からは「拘束時間13時間程度の勤務も珍しくない」という声も聞かれます。
責任の重さに見合わない低賃金
長時間労働や不規則な勤務に加え、乗客の命を預かるという重い責任がある一方で、その報酬は決して高いとは言えないのが現状です。
厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、バス運転手の年間収入額は他産業に比べて低く、長時間労働を強いられている割に見合った報酬が得られていないという課題があります。
このような労働条件では、若者にとって魅力的な職業として映りにくいのは当然かもしれません。
実際、バス業界では「労働条件の悪化→人手不足→残りの運転手の負担増加→さらなる労働条件の悪化」という悪循環に陥っている状況です。
鹿児島県の事例では、「運転手が足りない。地方だけでなく鹿児島市内でも運転手不足による路線バスの減便・廃止が相次ぐ。住民の移動を支えるバス業界の求人難は深刻だ」という状況が報告されています。

これは一地方の問題ではなく、全国的に見られる傾向です。
事故報道によるイメージ悪化
障害者の無料利用制度、
「権利」に感謝の心を持つことって、そんなに難しい?バスを降りるとき、運転士さんの手助けが必要になる。
それ、毎回当然のように求めて、
ありがとうの一言もなくて、
挙げ句の果てにクレーム?路線廃止しても仕方ないね
人間としての礼儀、大事にしような pic.twitter.com/sbBCdSuspY
— ブラウンクラフト (@493529miomio) April 17, 2025
バス運転手不足の背景には、メディア報道が意図せず作り出した職業イメージの問題も関係しています。
事故報道の影響
バス事故が発生すると、その規模の大小にかかわらず大きく報道される傾向があります。特に大型観光バスの事故などは、被害者数も多くなりがちなため、社会的に大きな注目を集めます。
2016年に長野県軽井沢で発生したスキーバス転落事故や2022年に発生した観光バス横転事故など、大きな被害を出したバス事故は人々の記憶に強く残ります。
このような事故報道は、バス運転手という職業に対して「危険を伴う」「精神的プレッシャーが大きい」といったネガティブなイメージを形成する一因となっています。
「バス運転手はやめとけ」と検索すると、多くの情報が出てくるという事実も、この職業に対する社会的イメージの一端を表しています。
運転手への過度なプレッシャー
事故報道の増加により、バス運転手は常に「事故を起こしてはならない」という強いプレッシャーの下で業務を行っています。もちろん、安全運転は最優先されるべき事項ですが、一方で過度なプレッシャーは心理的負担となり、ストレスの増加や健康問題につながる可能性もあります。
あるバス運転手は「車内での転倒事故に対して細心の注意を払っている」と語っています。

乗客の安全を最優先に考えながらの運転は、高度な技術と集中力を必要とする精神的負担の大きい業務といえるでしょう。
地域社会への影響と今後の課題
バス運転手不足は、単に一産業の問題ではなく、地域社会全体に深刻な影響をもたらします。
地域交通の崩壊と「交通弱者」の増加
路線バスの減便や廃止は、自家用車を持たない高齢者や学生、障害者などいわゆる「交通弱者」の移動手段を奪うことになります。
特に地方部では、路線バスが唯一の公共交通機関であることも多く、その消滅は地域住民の生活に直接的な打撃を与えます。
超高齢社会を迎えた日本では、運転免許を返納する高齢者が増加しており、公共交通機関の重要性はむしろ高まっています。
しかし、皮肉なことに高齢化によってバス運転手が減少し、公共交通サービスが縮小するという矛盾した状況が生じているのです。
自治体財政への負担増加
採算の取れない路線を維持するために、多くの自治体が補助金を支出していますが、バス運転手不足によってサービス維持のコストはさらに上昇しています。
運転手確保のための賃金引き上げや、代替交通手段の整備など、自治体財政への負担は年々増加している状況です。

朝日新聞の報道によると、「日本バス協会の試算では、24年の運転手の不足は2万1千人。
30年には3万6千人に拡大する見込みだ」とされており、この問題が今後さらに深刻化することが予測されています。
解決に向けた取り組みと展望
バス運転手不足という難題に対して、国や自治体、バス事業者はどのような対策を講じているのでしょうか。
労働環境改善への取り組み
一部のバス事業者では、働き方改革の一環として、分割勤務の見直しや残業時間の削減、休日の確保など、労働環境の改善に取り組んでいます。
例えば、広島電鉄では「男女問わず、若手からベテランまでの全員が、本人のライフスタイルに応じて、正社員のまま労働時間を選択できる仕組み」を導入し、運転手の確保に努めています。
また、2024年4月には「改善基準告示」が適用され、バス運転手の労働時間に関する規制が強化されました。
これにより短期的には運行本数の削減など負の影響も出ていますが、長期的には労働環境の改善につながることが期待されています。
多様な人材の活用
バス業界では、従来あまり目を向けられていなかった女性や高齢者、外国人労働者などの活用も進められています。
特に女性運転手の採用は、「女性が活躍できる職場づくり」という観点からも重視されており、シフトの柔軟化や施設環境の整備など、女性が働きやすい環境づくりに取り組む事業者も増えています。
静岡のしずてつジャストラインでは、「運転士の高齢化もあり、人材不足の改善で鍵となるのは女性運転士の活躍でしょう」と述べており、積極的な女性採用に取り組んでいます。
技術革新への期待
将来的には、自動運転技術の発展により運転手不足問題が緩和される可能性もあります。
既に一部の地域では実証実験が行われており、将来的には完全自動運転ではなくとも、運転操作の一部を自動化することで運転手の負担軽減や必要人数の削減が期待されています。
ただし、自動運転技術の本格普及にはまだ時間がかかるため、当面は従来の対策と並行して進めていく必要があります。
まとめ:私たちにできること
バス運転手不足は、少子高齢化という社会構造の変化に加え、厳しい労働環境や職業イメージの問題など、複合的な要因によって引き起こされています。
短期間で劇的な改善は難しいかもしれませんが、バス事業者、行政、そして利用者である私たち一人ひとりができることがあります。
利用者としてできる最も簡単なことは、バスを積極的に利用することです。「使わないと廃止される」という当たり前のサイクルを意識し、可能な範囲で公共交通機関を活用することが地域の足を守ることにつながります。
また、バス運転手の仕事に対する理解と敬意を持つことも重要です。
ある地域交通の専門家は「今すぐにできるバス運転士不足問題への対応策は、バスに乗車する(あるいは下車する)際に運転士の方に『有り難う』としっかり声をかけることだ」と指摘しています。
小さな感謝の言葉が、運転手のモチベーション向上や職業に対する社会的評価の改善につながるかもしれません。

バス運転手不足の問題は、私たちの生活の足に直結する重要な課題です。この問題に対する理解を深め、それぞれの立場でできることを考え、行動していくことが、持続可能な地域交通の未来を築く第一歩になるのではないでしょうか。
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