池上本門寺(大田区池上)の2019年節分豆まき(池上本門寺節分追儺式)の参加方法や豆をまく芸能人の顔ぶれを徹底解説

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池上本門寺(大田区池上)の2019年節分豆まき(池上本門寺節分追儺式)の参加方法や豆をまく芸能人の顔ぶれを徹底解説

池上本門寺(大田区池上)の節分豆まきが2019年も行われます。池上本門寺節分追儺式といいます。芸能人が投げる豆を受け取り今年1年の邪気を払い福を呼び込みましょう。池上本門寺の節分豆まきにどうすれば参加できどんな芸能人が来るかを徹底解説します。

2019年の池上本門寺節分追儺式概要

2019年に節分追儺式は行われるのか

池上本門寺は、例年2月3日に除災得幸を願う節分追儺式(せつぶんついなしき)法要と、福男・福女(吉例出仕)による豆撒きを行っています。

池上本門寺節分追儺式

境内に特設大舞台を設置し、福男・福女とともに、吉例出仕として、多数の芸能人やスポーツ人が福男・福女とともに法要・豆まきに参列します。

節分追儺式

2019年の2月3日は日曜日にあたりますが、例年通り行われるそうです。

一般参拝者は豆撒きに参加できるのか

一般参拝者は、豆撒きには誰でも参加できます。

まず、豆をまく側ですが、福男・福女の申し込みを池上本門寺に行うことでできます。

裃(かみしも)を着け練り行列をし、除厄開運祈願法要に続いて、特設大舞台より豆をまきます。

ただし、これはお金がかかります。

詳しくは、池上本門寺の公式サイトに申し込みページがあります。

一方、撒かれた豆を受け取る側には、無料で誰でも自由に参加できます。

撒かれた豆を受け取る

特設大舞台の下に並び、福男・福女や吉例出仕者が撒く福豆を受け取れます。

特設大舞台から撒かれる豆を受け取る

どのへんに並べるかは、その日の参拝者の参加状態によりますが、例年たくさんの人が参加するので、はやめに行っていいところに並べるようにした方がいいでしょう。

2019年の節分追儺式に吉例出仕参加する芸能人は?

一般参拝者の“お目当て”は、吉例出仕による豆撒きでしょう。

簡単に述べると、芸能人やスポーツ選手などが直接豆をまくので、参拝者は有名人の実物を見ながら、かつ“おみやげ”として彼らが撒く福豆をいただけるというわけです。

節分追儺式

撮影は2013年のものです

2019年の池上本門寺節分追儺式における吉例出仕の発表されている予定者(1月28日現在)は、武藤敬司、小橋建太、秋山準、諏訪魔、石川修司、丸藤正道、関本大介、長与千種ら、プロレスラーまたは元プロレスラー。

鈴木隆行(サッカー元日本代表)、山下耀子(タレント)、中村千尋(シンガーソングライター)、松本伊代(タレント)などです。

松本伊代

松本伊代さんは2013年にも参加しています

池上本門寺には、力道山の墓があることはすでにご紹介しました。

力道山の墓

また1977年には、墓参りに来たジャンボ鶴田が池上本門寺節分追儺式に飛び入り参加したこともあり、プロレスラーの吉例出仕が毎年行われるようになったと言われています。

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彼らが、高い特設大舞台から、一般参拝者に福豆を撒くのです。

プロレスラーや芸能人はどんな豆をまくの?

池上本門寺節分追儺式で、プロレスラーや芸能人など吉例出仕者によってまかれる豆とはどんなものでしょうか。

撒く豆は福豆といわれていますが、通常の節分豆まきのように、豆をバラバラにまくわけではありません。

ビニールにいくつかの福豆がまとめて包まれ、さらに重しとしてキャラメルがひとつ入っています。

福豆

吉例出仕者は高いところから投げ下ろすので、重しが必要なのでしょう。

キャラメルが入ることで、下で手を伸ばしている一般参拝者に包みはストンと落ちるようにとどくのですが、高い櫓からかなりの速度で放り投げられているので、取るときは注意が必要です。

取り損なって目などに当たると一大事です。

そして、現実に速度も重みもあると、うまくキャッチできてもずしりとした手応えがあります。

豆のとり方にコツはとくにありませんが、普通に手を伸ばせば3~5つぐらいは捕れるでしょう。

自分自身だけでなく、家族の人数分いただくつもりで頑張って手をのばすといいかもしれません。

節分とはなにか

節分の語源

節分とは本来読んで字のごとく、「節」を「分」ける時、つまり、立春、立夏、立秋、立冬と季節の改まる前日のことを意味します。

それが、いつの間にか、旧暦で1年の始まりとされる、立春の前日のみ節分というようになりました。

1年の始まりということで、最も重要な節分ということだったのでしょう。

その際、昔の中国では、来たる新年に向け、邪鬼や疫病などを打ち払うため、鬼(の面をかぶった人)を桃の木で作った弓矢で射って追い払う追儺(ついな)の儀式がありました。

我が国日本では、これが奈良時代に伝わり、平安時代には宮中の行事として行われるようになったといわれています。

それが、「豆まき」になったのは室町時代頃とされ、江戸時代頃には、一般庶民にも豆をまく追儺の儀式が広まったといわれています。

「鬼は外、福は内」の由来

「鬼は外、福は内」といって豆をまくようになったのはどうしてでしょうか。

もちろんそれは、鬼を外に追い出し、福を中に呼び込めるように、つまり「邪気を追い出し、福を呼び込む」という意味です。

では、鬼とは何か。

陰陽道という思想では、方位に十二支をあてはめ、「北東=艮(うしとら)=丑と寅の間」を鬼門としました。

鬼門とは、鬼の入口です。

鬼は、邪気の象徴とされました。

平安時代(宇多天皇の時代)に、人々を苦しめる鞍馬山の鬼退治について、七福神の毘沙門天が、三石三斗(約600リットル)の豆を鬼の目を目掛けて投げるように言い残したという言い伝えがあります。

魔の宿る鬼の目から「魔目(まめ)」⇒豆になり、豆を投げれば「魔滅(まめ)」に繋がるという語呂合わせになっています。

池上本門寺節分追儺式のまとめ

鬼は架空の生き物ではありますが、人々の健康や安心して暮らせる生活を、豆まきに託した行事が古くから行われてきたことは確かです。

先人の思いを噛み締めながら、自分も自身や家族の健康や平和を祈念し豆まきに参加されてはいかがでしょうか。

なお、節分に関係する池上七福神の毘沙門天は、微妙庵(大田区池上3丁目)にありますが、あわせて参詣されるといいかもしれません。

https://www.shiseiweb.co.jp/ootaku/%E6%B1%A0%E4%B8%8A%E4%B8%83%E7%A6%8F%E7%A5%9E

以上、池上本門寺(大田区池上)の2019年節分豆まき(池上本門寺節分追儺式)の参加方法や豆をまく芸能人の顔ぶれを徹底解説、でした。

行事のおはなし12か月
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