天皇は、どこまでが神話で、どこからが歴史的事実か。初期は神話的要素が強く、時代が下るにつれて歴史的事実と接続していきます。

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天皇は、どこまでが神話で、どこからが歴史的事実か。初期は神話的要素が強く、時代が下るにつれて歴史的事実と接続していきます。

一昨日、多摩川浅間神社についてのブログ記事を更新した際、私が姓の「読み」を変えたという「改姓」の経験に対して、「ご先祖様にかかわりますから」というコメントと、「天皇はどこまでが神話でどこからが歴史的事実ですか」というコメントがありました。


それらについては、長くなるので、記事として回答させていただきますが、今日はまず、「天皇は、どこまでが神話で、どこからが歴史的事実か」という点について書きます。

天皇の系譜は、初期は神話的要素が強く、時代が下るにつれて歴史的事実と接続していきます。

学問的には、継体天皇や推古天皇の頃からは史実性が高いと考えられていますが、それ以前については神話・伝承の要素が大きいとされています。つまり、創作ということです。

ただ、日本では、その神話も含めて、歴史文化として受け継がれている点が特徴です。

「神話」と「歴史」は対立概念ではない

日本の場合、

神話(国家の起源物語)
歴史(実証可能な出来事)

が連続的に編まれているのが特徴です。

その代表が、古事記(物語)と日本書紀(歴史書)です。

これらは「物語」と「歴史書」とジャンル分けていますが、内容は重複しており、神話・政治・歴史が混ざった「国家の物語」という体裁です。

日本の正史であるそれらに基づくと、天皇家は初代・神武天皇から現代まで繋がっているとされていますが、学術的な見解は異なります

初代~第9代あたり(神武天皇~開化天皇)は、ほぼ神話的存在(実在性は確認できない)といわれています。

学問的に証明ができないからです。

天照大神の孫であるニニギノミコトが降臨し、その子孫である神武天皇が即位するまでは、完全に「神話」であり、史実とはみなされません。

物語としての、象徴的な意味(大和朝廷の正統性を主張するための物語)を持っています。

第10代~第14代あたり(崇神~仲哀)は、「半伝説的」ゾーンといわれています。

特に崇神天皇は、「御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)」と呼ばれ、実質的な初代ではないかという説もあります。

仁徳天皇(第16代天皇)など巨大な古墳が現存するため、強力な王権が存在したことは確かですが、『日本書紀』の記述と、実在の人物を完全に一致させる学問的証拠が不足しています。

つまり、実在の可能性はあるが、学問的裏付けが弱く、記述には神話的要素が多い時代です。

特に、神功皇后の「三韓征伐」などは、史実とは考えにくいとされています。

第15代の応神天皇以降からは、やっと歴史的実在の可能性が見えてきます。

ここから、古墳時代の遺跡や中国の史書などと接続し始めます。

一般に研究者の多くが、「このあたりからはほぼ創作ではなく歴史」と考えるのは、 継体天皇(6世紀頃)といわれています。

第26代・継体天皇(6世紀初頭)からは、実在したことがほぼ確実視されています。

継体天皇は、もともと越前(現在の福井県)や近江(滋賀県)を拠点とする地方の有力者でしたが、前の血筋が途絶えたため、遠い親戚として迎え入れられました。

これ以降の皇統が、現代まで一本の線で繋がっているというのが歴史学的な定説です。

ですから、天皇は万世一系というのも、正確ではないのです。

学問的には「途中から」なんです。

そして、確実に歴史資料で裏付けられる時代は、推古天皇(第33代天皇)以降。

仏教が伝来し、聖徳太子が鎮護国家として採り入れ、外交が記録(隋との交流)されました。

ちなみに、推古天皇は、日本史上最初の女性天皇ですからね。


天皇は男性のみというのも、歴史的に虚偽です。

天皇を頂点とする文化的なまとまり

天皇が、血統の連続性(万世一系)を強調するのは、王朝交代(易姓革命)が一度も起きていない(とされる)ことを標榜するためです。

たとえ、実質的な権力が、将軍(源氏、足利、徳川)に移っても、形式的な「位」の授与権は天皇が持ち続けました。

これにより、「日本という国の形を定義するのは一貫して天皇であり続ける」という論理が形成されました。

中国のように、しょっちゅう王様が変わる国と違い、世界で最古の歴史を誇る国、といえるからです。

天皇は政治的リーダーである前に、国家の安寧を祈る「最高神職」です。新嘗祭(にいなめさい)などの宮中祭祀を通じて、八百万の神々と交流し、その加護を国民にもたらす存在としての権威を保ってきました。

この「祈る存在」としての役割は、政治権力が剥奪された時代でも揺らがなかったのです。

明治維新以降は、近代国家としての統一を強固にするため「国民の父」としての側面が強調されました。

戦後の現代においては、憲法第1条により「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定義されています。

これは、長い歴史の中で育まれた「天皇を頂点とする文化的なまとまり」を、戦後の新しい日本においても法的に認めたものと言えます。

日本人が「無宗教」を自称できるのは宗教に気が付かないだけ


日本は、地球上に現存する国の中で、同一の皇統が続く世界最古の国家(または君主国)といえます。

ただし、それは、「神話(宗教的創作)」と「歴史的事実」が地続きになっているという、特殊な構造の上に成り立っています。

日本は、「事実としての古さ」だけでなく、「神話を公的な歴史として維持し続けている文化的な継続性」において世界で唯一無二の存在だと言えます。

「自分は無宗教だ」と言いながら、お正月には神社へ行き、神話上の神武天皇の即位日(建国記念の日)を祝日として休み、元号(天皇の代替わり)で時間を区切る日本人。

これらはすべて、神話的な継続性の上に成り立つ社会システムです。

日本人が「無宗教」を自称できるのは、信仰がないというより、宗教(神道的な価値観)が空気やインフラのように、社会に溶け込んでいるからだと言えます。つまり、暮らしが宗教に支えられていることに気がつかないだけなのです。

このことと同様に、仏教も、再三書いていますが、日本の道徳・文化には当たり前のように溶け込んでいます。

神道や仏教に限らず、宗教と向き合うことは、信仰するだけでなく、私たちの暮らしの歴史や文化などについて解き明かすための、人間科学・行動科学としての側面を担っているといえます。

いかがですか。神道について、多少関心は高まりましたか。

天皇の歴史1 神話から歴史へ (講談社学術文庫) - 大津透
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