阿部慎之助監督の辞任を受けて、巨人のOBである廣岡達朗氏が自身の見解を述べたコラム記事が話題(どちらかというと炎上)です。

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阿部慎之助監督の辞任を受けて、巨人のOBである廣岡達朗氏が自身の見解を述べたコラム記事が話題(どちらかというと炎上)です。

阿部慎之助監督の辞任を受けて、巨人のOBである廣岡達朗氏が自身の見解を述べたコラム記事が話題(どちらかというと炎上)です。廣岡氏は球団側の対応や現代社会の不寛容さを批判し、後任の橋上秀樹氏には監督としての資質を疑問視する厳しい言葉を投げかけています。

文章全体を通して、時代遅れの師弟関係や教育論に基づいた、強い感情と嘆きが綴られています。

廣岡氏の主張について、特に疑問や批判が集まりやすい(頷けない)ポイントを、Geminiは主に以下の3点に集約しています。

「家族内のトラブル」と「暴力(DV)」の混同

今回の情報源です


廣岡氏は今回の件を、「姉妹ゲンカの仲裁」「家族内の出来事」「他人がとやかく口を挟む問題ではない」と表現し、自身の過去の鉄拳制裁のエピソードも交えて肯定的に語っています。

しかし、現代の社会通念や法律において、家族間であっても「暴力(DVや傷害)」は、単なる家庭内のプライベートな喧嘩ではなく、明確なコンプライアンス違反であり犯罪行為です。

ここを「愛情のサジ加減」という言葉で片付けようとする姿勢には、強い拒絶反応を示す人が多いのは当然と言えます。

まあ一部には、廣岡氏と同意見の人もいますが、そういう了見なら、お前が自分の子供と喧嘩して警察呼べばわかるよ、という話です。

家庭内の争いで110番すると、警察は10人ぐらいで駆けつけます。

親子トラブルの場合、カウンセリングの専門家も連れてきます。

ただし、よほどのことがなければ逮捕はしません。

暴れている方の話を聞いて、落ち着かせて仲裁することがほとんどです。

家庭内で逮捕したら禍根が残るし、警察も事件をたくさん抱えているので、できれば事件はふやしたくないのです。

それでも阿部慎之助監督が逮捕されたのは、そんな生易しい状態ではなかったからでしょう。

泥酔して、あのクマのような体格で娘さんを押さえつけて興奮していたら、逮捕しかないでしょう。

家庭のトラブルの経験もない、警察にお世話になったこともない、お幸せな人生を送ってきた苦労知らずは、そういうこともイメージできないのです。

家庭内の力関係は圧倒的に親が強い。

だからこそ、社会は子どもの側に立つ仕組みを整えてきました。

私たちが子どもだった時代とは、社会の基準も、制度も、守るべき価値も変わりました。

その変化を理解し、受け止めることこそが、次の世代を守る責任です。

球団トップとしての「危機管理(ガバナンス)」の軽視

巨人の山口オーナーが即座に更迭(辞任発表)したことに対し、廣岡氏は「何を考えているのか」「想像力がなくなった」と批判しています。

しかし、プロ野球球団は多くのスポンサーやファンに支えられた社会的影響力の大きい企業です。

監督という組織のトップが暴力沙汰で逮捕・報道される事態になれば、球団のブランドイメージは失墜し、ビジネス的にも致命傷になりかねません。

企業のガバナンス(統治)という視点で見れば、球団の「即座の辞任発表」は極めて真っ当な危機管理であり、廣岡氏の主張は現代の企業コンプライアンスの基準から大きく乖離していると言わざるを得ません。

廣岡氏はしょせん野球屋であり、球団経営、少なくとも現代の球団経営のことがわからないのでしょう。

指導者や後任への「精神論・根性論」による批判

廣岡氏は、監督代行に就任した橋上秀樹氏に対して、廣岡氏が嫌いな野村克也氏の薫陶を受けたからという理由で監督不適任者と断言。

「テレビ画面越しに嬉しさがあふれ出ている」「巨人とは何かを彼に分かるはずがない」と、采配ではなく、感情的な批判を展開しています。

いったい、こんな「好き嫌い」による放言のどこが野球評論なのでしょうか。

窮地にあるチームで善戦している客観的な実績こそを評価すべきであり、個人の表情をあげつらうような主観的な非難は、指導者への敬意を欠いています。

また、昔の巨人の厳しい教育環境を美化する傾向がありますが、現代のスポーツ界では科学的アプローチや選手とのコミュニケーション、データの活用が主流です。

変化の激しい現代において、昭和の「長幼の序」や「鉄拳制裁による教育」の価値観のまま語る姿は、「時代をアップデートできていない」と受け取られても仕方がありません

歳をとったから「老害」になるわけではない

こうしたことをもって、「老害」という批評もありますが、私が今回もっとも問題にしたいのは、この「老」についてです。

歳をとった人の意見は、すべて老害でしょうか。

何度もご紹介していますが、86歳で政府に入って仕事をした人もいますよね。


一方、受験戦争に勝ち抜き、有名大学に入ったことで「燃え尽き症候群」となり、19歳で精神年齢が止まってしまい、社会に出てから使い物にならず、世間に迷惑を撒き散らしている人もたくさんいます。

何を言いたいかというと、「老害」の「老」は、決して戸籍の年齢ではない、ということです。

廣岡氏の問題点は、廣岡氏が90歳を過ぎたからではなく、「今」と向き合わず、自分を変えようとしていないことにあります

そのくらいの年齢になると、新しい価値観や文化と向き合うのは難しい人もいるのかもしれません。

だったら、そういう人を使うメディアも問題だと私は思います。

評論家に定年はないのかもしれませんが、晩節を汚させることになるような場合は、メディアも使うことを避けるべきではないでしょうか。

AI、脳科学、コンプライアンス、ガバナンス、人権、環境、倫理……。

みなさんは、こうした「今」の価値観や文化と、きちんと向き合っていますか。

マンガでわかる コンプライアンス大全 - 遠藤 研一郎, にしかわ たく
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