
近年、「カスハラ」という言葉を耳にする機会が増えました。カスハラは「カスタマーハラスメント」の略です。顧客や取引先などから、従業員に向けられる著しい迷惑行為を指します。背景には、接客現場の人手不足、SNSによる拡散リスク、そして「お客様だから何を言ってもよい」という誤った意識の広がりがあります。
厚生労働省も企業向けマニュアルを公表し、東京都では防止条例が施行されるなど、カスハラは個人のマナーの問題ではなく、社会全体で向き合うべき課題として扱われています。
カスハラとは何か
では、カスハラとは具体的に何を指すのでしょうか。
重要なのは、あくまで「行き過ぎたクレーム」であり、「すべてのクレーム=カスハラ」ではないという点です。
厚生労働省は、商品やサービスの改善を求める正当なクレームがある一方で、過剰な要求や不当な言いがかりなどの悪質なクレームがあり、そうした不当・悪質な行為から従業員を守る必要があると示しています。
つまり、カスハラは単なる不満の表明ではなく、要求内容や伝え方が社会通念上相当な範囲を超え、働く人の就業環境や尊厳を傷つける行為だといえます。
行き過ぎたクレームの具体例
客が自分の操作ミスを認められずにブチ切れる
大声を発した時点で警察呼べば良いと思いませんか?
#カスハラ #吉野家 pic.twitter.com/n8ht4jfg9r— ぴろん (@pirooooon3) June 12, 2024
カスハラに該当する行為としては、まず暴言、威圧、大声での恫喝、侮辱、差別的な発言などが挙げられます。
さらに、土下座の要求、長時間の居座り、何度も執拗に電話をかける行為、合理的な理由のない返金・交換・謝罪要求、従業員の解雇や異動を求める発言も典型例です。
加えて、無断録音・録画を用いた脅し、SNSや口コミサイトでの誹謗中傷、つきまとい、盗撮、同意のない身体接触なども深刻です。
実際に企業の公表する指針でも、暴力や脅迫だけでなく、業務を妨害する継続的なクレームや、ネット上での名誉毀損行為まで幅広く対象とされています。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
苦情と嫌がらせは違う
一方で、正当なクレームとの違いはどこにあるのでしょうか。
判断のポイントは、大きくいえば「内容の妥当性」と「手段・態様の相当性」です。
たとえば、商品の不備について説明や改善を求めること自体は正当です。
しかし、同じ内容でも、怒鳴る、人格を否定する、長時間拘束する、法外な補償を迫るといった手段に変わった瞬間、正当なクレームではなくなります。
つまり、問題は「苦情を言うこと」ではなく、「どう伝え、どこまで求めるか」にあります。
この線引きをあいまいにすると、必要な改善の声まで萎縮させてしまう一方で、現場の疲弊も見過ごすことになります。
「現場任せにしない」こと
【発表】カスハラは「対応いたしません」 JR東日本グループが厳格な方針示すhttps://t.co/DzVkGoncT2
要望には「真摯に対応する」とした上で、「カスハラには毅然と対応し、社員一人ひとりを守ることも、継続的に安全で質の高いサービスを提供していくために不可欠と考えた」と説明した。
— ライブドアニュース (@livedoornews) April 26, 2024
では、現場ではどのような対策が進んでいるのでしょうか。
小売業では、イトーヨーカドーがカスタマーハラスメント対応指針を公表し、社会通念上不相当な言動や要求には毅然と対応する姿勢を明確にしています。
加えて、定期研修の実施、店舗と本社の連携体制整備、警察や弁護士など外部機関との連携強化、被害を受けた従業員のケアまで示しています。
これは、「現場任せにしない」ことがカスハラ対策の出発点であると教えてくれる事例です。イトーヨーカドー
航空業界でも動きは明確です。
ANAグループやJALグループは、暴言や過剰要求、長時間拘束、無断録音・録画のネット掲載などを具体例として示し、カスハラには組織的に対応する方針を打ち出しています。
悪質な場合にはサービス利用を断ったり、警察などの関係機関に相談したりする姿勢も明文化されています。
航空のように安全運航と公共性が重視される業界では、一人の不当な言動が従業員だけでなく、周囲の利用者や運航全体に影響し得るため、対応の標準化が特に重要だとわかります。
密室性や継続的関係ゆえの難しさも
介護業界では、さらに切実な事情があります。
利用者宅を訪問する場面では、職員が一人で対応せざるを得ないことも多く、密室性や継続的関係ゆえの難しさがあります。
東京都は、介護・障害福祉職員向けの総合相談窓口、事業者向け説明会、利用者・家族向けリーフレットに加え、複数人訪問のための同行支援や、防犯ブザー・ボイスレコーダーなどの導入支援を進めています。

厚生労働省も、介護サービス事業者にハラスメント対策を講じることを義務づけ・推奨しており、介護現場では「我慢や献身」に頼らない仕組みづくりが重要になっています。
従業員が一人で抱え込まない報告体制を
カスハラ対策で大切なのは、顧客を敵視することではありません。
むしろ、正当な意見や改善要望には真摯に向き合いながら、不当な言動には線を引くことです。
そのためには、企業が対応方針を明確にし、従業員が一人で抱え込まない報告体制を整え、記録を残し、必要に応じて管理職や外部機関につなぐことが欠かせません。
「お客様第一」と「従業員保護」は対立するものではなく、両立させるべきものです。
働く人が安心できる環境があってこそ、結果としてサービスの質も守られます。
私たちは、従業員か、顧客か、取引先か、例外なくそのいずれかの立場で暮らしています。
つまり、この問題と無関係な人はいないということです。
では、どこからが、「正当なクレーム」で、どこからが「カスハラ」なのか、ご自身は悩まれた経験はありますか。

「度が過ぎたクレーム」から従業員を守る カスハラ対策の基本と実践 – 能勢 章


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