米国の世論調査研究組織ピュー・リサーチセンターは、世界36カ国で幼少期の信仰からの変更をテーマに調査した結果を発表しました。この調査によれば、成人の5分の1以上が生まれ育った宗教グループを離れているとのこと。特に日本では、仏教徒として生まれ育った成人のうち40%が現在、無宗教を自認しています。この調査結果は、急速に進む日本社会の脱宗教化の実態を浮き彫りにしています。
日本の仏教離れの実態
ピュー・リサーチセンターの調査によると、日本では成人の42%が現在「無宗教」と自認し、46%が「仏教徒」と答えています。
特に注目すべきは、仏教徒として育てられたものの現在は無宗教であると回答した人が14%に上ることです。
[ニュース]日本、仏教国で仏教離れ最多 信者の4割、現在「無宗教」 米研究所調査 https://t.co/SudMz0XLID @chugainippohより
— 倉持 薫 (@l4ikwgs8) April 26, 2025
日本の宗教転向率(育った時と異なる宗教的アイデンティティを持つ人の割合)は32%で、これは国際的に見ても高い数値です。
ただし、同じ東アジア地域の香港(53%)や韓国(53%)と比較すると、相対的には低めとなっています。
興味深いのは、「無宗教」と自認する人々の中にも、実際には宗教的・精神的な行動や信仰を持つ人が多いという点です。
日本では「無宗教」と答えた人の多くが、亡くなった先祖にお供え物をしたり(70%)、神や目に見えない存在を信じたり(64%)しています。
これは、日本人の宗教観が「宗教に所属する」という概念よりも、日常の中での実践や信仰に重きを置いていることを示しています。
仏教離れの原因
社会構造の変化
日本における仏教離れの背景には、社会構造の変化があります。世帯人員の減少は大きな要因です。
1920年代から1955年ごろまで日本の世帯人員はおおよそ5.0人でしたが、1965年には4.05人となり、現在は2.3人程度にまで減少しています。
核家族化が進み、伝統的な大家族の形が崩れることで、先祖代々の宗派や寺院との関係も希薄になっていきました。
また、地方から都市への人口流出により、地方の伝統的なコミュニティが崩壊し、それに伴って地域の寺院と檀家の関係も弱まりました。
葬儀や法事の商業化
現代日本では、葬儀や法事が商業化され、「サービス」として捉えられる傾向があります。
これにより、仏教の教えや精神性よりも、儀式の形式や費用面が重視されるようになりました。
特に戒名料などの高額な費用は、しばしば批判の対象となり、仏教への不信感を生む一因となっています。
この「葬式仏教」と揶揄される現象は、仏教を単なる儀式のプロバイダーとして矮小化し、本来の教えの深みを伝えきれていない状況を表しています。
後継者不足
寺院の後継者不足も深刻な問題です。特に地方では、檀家の減少による収入減少から、寺院単体での生活維持が難しくなり、後継者が都市部に流出するケースが増えています。
調査によれば、すでに住職のいない「無住寺院」が全国約7万7000の寺のうち2割以上存在すると言われています。
さらに、宗派によっては「後継者が決まっている」と回答した割合が半数以下にとどまるケースもあり、今後さらに無住寺院が増加することが予想されます。
宗教概念の西洋由来性
「宗教」という概念自体が、明治期に西洋から日本に持ち込まれた比較的新しい概念であるという点も見逃せません。
日本語の「宗教」という言葉は、多くの場合、組織化された階層的な形態を指すものとして理解されており、日本古来の精神性の形態とは必ずしも一致しません。
このため、日本人は「宗教に属している」という自己認識を持たなくても、実際には先祖供養や神仏への信仰など、精神的・宗教的な実践を日常的に行っていることが多いのです。
他のアジア諸国との比較
東アジアの宗教転向率は、ピュー・リサーチセンターが他の地域で測定したものより全般的に高くなっています。
特に香港(37%)と韓国(35%)は、幼少期の宗教から離れて無宗教になった成人の割合が日本(21%)よりも高くなっています。
一方、ベトナムでは宗教離れの割合が4%と極めて低く、宗教的アイデンティティの継続性が高いことがわかります。
これは社会主義国家としての政治体制や、より伝統的なコミュニティ構造の維持などが影響している可能性があります。
西欧諸国と比較すると、オランダ(36%)、ノルウェー(30%)など一部の国では高い宗教転向率が見られますが、東アジアほど顕著ではありません。
また、インド、インドネシア、ナイジェリア、トルコなどでは宗教離れがほとんど見られず(0%)、宗教が社会・文化的アイデンティティの中核を成しています。
今後の展望と対策
仏教離れの流れに対して、寺院や仏教団体はどのように対応していくべきでしょうか。以下にいくつかの可能性を示します。
デジタル化への対応
寺院のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、若い世代との接点を増やす有効な手段となっています。
SNSを通じた仏教の教えの発信、オンライン法要システムの構築、AIによる経帳(過去帳)データ管理など、テクノロジーを活用した取り組みが始まっています。
例えば、一部の寺院では「ネット炎上供養」のような現代的な悩みに対応したサービスを提供し、若者の関心を集めています。
体験型プログラムの拡充
若者向けの瞑想会や座禅体験、写経ワークショップなど、仏教の教えを体験的に学べるプログラムの拡充も効果的です。
仏教の実践的側面を強調することで、形式的な儀式だけでなく、日常生活に活かせる教えとして仏教を再評価する機会を提供できます。
本来の教えの再評価
「葬式仏教」から脱却し、仏教本来の教えや思想の豊かさを伝える努力も必要です。
仏教は2500年以上の歴史を持ち、人間の苦悩や心の平安に関する深い洞察を提供する思想体系です。
現代社会の問題—ストレス、孤独、環境問題など—に対する仏教的アプローチの可能性を示すことができれば、若い世代の関心を呼び起こせるかもしれません。
コミュニティ機能の強化
かつて寺院は地域コミュニティの中心でした。現代においても、寺院がコミュニティの拠点として機能することで、人々の帰属意識や絆を強化する場となる可能性があります。
高齢者の居場所づくり、子育て支援、環境保全活動など、地域社会の課題に積極的に関わることで、寺院の存在意義を再構築することができるでしょう。
おわりに
日本における仏教離れは、単に宗教心の衰退を意味するものではなく、社会構造の変化や宗教に対する認識の変化など、複雑な要因が絡み合っています。
ピュー・リサーチセンターの調査が示すように、形式的な宗教への帰属意識は薄れていても、日本人の精神性や宗教的実践は依然として生活の中に息づいています。
仏教が日本文化の重要な一部として今後も存続し発展していくためには、時代の変化に柔軟に対応しながらも、その本質的な教えと価値を現代に伝えていく努力が求められるでしょう。
寺院と人々の関係が単なる「葬式仏教」を超えて、より豊かで意味のあるものへと再構築されることを期待します。
世界史のリテラシー 仏教は、いかにして多様化したか: 部派仏教の成立 (教養・文化シリーズ) – 佐々木 閑
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