近隣住民からの苦情や運営側の負担を理由に、伝統的な除夜の鐘を中止する寺院が増えている現状で、午前10時に鳴らすお寺もあるそうです。

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近隣住民からの苦情や運営側の負担を理由に、伝統的な除夜の鐘を中止する寺院が増えている現状を伝えています。

集英社オンラインの記事は、近隣住民からの苦情や運営側の負担を理由に、伝統的な除夜の鐘を中止する寺院が増えている現状を伝えています。静岡県の大澤寺では、深夜の騒音トラブルをきっかけに行事を断念していましたが、数年後に開催時間を午前10時に変更することで復活させました。

この大胆な時間の前倒しは、騒音問題の解消だけでなく、厳しい寒さの中での作業を避けたい運営スタッフの要望にも合致しています。

結果として、苦情が一切出ない形で日本の伝統文化を継承することに成功しました。

記事は、時代の変化に合わせた柔軟な対応が、地域社会と伝統を守る鍵であることを示唆しています。

除夜の鐘を中止に追い込んだ社会的背景

今日の情報源です。


記事によると、除夜の鐘が中止に追い込まれる背景には、近隣住民からの具体的な苦情に加え、寺院側が抱える運営上の問題という2つの大きな側面があります。

1. 近隣住民からの苦情の傾向
苦情の主な内容は、深夜の騒音と参拝客のマナーに関するものです。

騒音への反発:最も直接的な要因として、深夜に響く鐘の音に対する「うるさい」という苦情が挙げられます。静岡県の大澤寺の事例では、住宅地にある寺院で参拝者が自由に鐘をつける形式をとっていたため、音が深夜2時過ぎまで響くことがあり、匿名の電話で苦情が寄せられました。

参拝客の質:音そのものだけでなく、集まる人々に対して「酔っ払いばかり」であるといった、治安やマナーに対する不満の声も挙がっています。

2. 社会的背景と運営側の事情
中止に至る背景は外部からの圧力だけではなく、行事を支える運営側の負担という内部的な要因も大きく影響しています。

運営協力者の負担:除夜の鐘の運営には「世話人」と呼ばれる地域の人々の協力が不可欠ですが、深夜の寒風吹きすさぶ暗い境内での作業は、身体的に非常に「辛い」ものになっています。

継続の困難さ:苦情への対応に加え、こうした運営側の過酷な環境や負担感が、従来の深夜帯での開催を困難にさせています。

これらの問題を解決するため、一部の寺院では開催時間を昼間(午前10時など)に変更することで、苦情をゼロにしつつ、運営側の負担も軽減して行事を復活させる動きが出ています,。

あくまで例えですが、これは「24時間営業のコンビニエンスストアが、深夜の客層トラブルや店員の過重労働を理由に、営業時間を短縮する動き」と似ています。

地域社会との調和や働き手の事情に合わせて、伝統的な「深夜のサービス」が持続可能な形へと変化を迫られている状況と言えるでしょう。

ただ、そもそも除夜の鐘って、苦情が出るほど迷惑なものなのか、という根本的な疑問はありますね。

私の場合、『紅白歌合戦』は何十年も前から見ていませんし、『行く年くる年』もいつのまにか見なくなりましたから、近くの池上本門寺から聞こえてくる除夜の鐘で、「ああ、新年を迎えるんだな」という気持ちになっていたものです。

池上本門寺は、除夜の鐘自粛どころか、先着600名が鐘をつかせてもらえるそうです。

600回も鳴らす? いやいや、一組6名で鐘をつきます。

鐘をついてみたいという方で、お近くの方はどうぞ。

除夜の鐘は日本仏教の儀式

除夜の鐘についてかんたんにまとめると、仏教では、人間には108の煩悩があるとされます。

そこで、大晦日の夜に鐘を108回つくことで、煩悩を払い清める意味を持つそうです、

古い年の迷いや執着を捨て、清らかな心で新年を迎える ための儀式ですが、具体的に108の中身を示した経典はありません。

そもそも、除夜の鐘の起源はインド仏教ではなく、中国仏教を経て日本で成立した習慣です。

108の根拠とされるのは、次のような「煩悩」の組み合わせ計算です。

六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)
× 三受(苦・楽・不苦不楽)
× 二(浄・不浄)
× 三(過去・現在・未来)
→ 6 × 3 × 2 × 3 = 108

「108の煩悩」+「年越しの鐘」という形は、日本仏教独自の考え方です。

つまり、年越しの108鳴らす除夜の鐘、というのは、日本仏教独自の行事ということです。

「なあんだ、お釈迦様のインド発祥じゃないのか」

と思われますか。

でも、そもそも日本の仏教自体が大乗仏教といって、お釈迦様直伝のものではありません。

では偽物かと言ったら、そんなことはなくて、たとえばご先祖を敬ったり、慈悲や利他の精神を大事にしたりと、初期仏教の教えをもとに、さらに豊かなものに発展しているのです。

除夜の鐘が日本だけで強く定着した理由は、仏教教義に、日本固有の民俗観・時間観・宗教観が融合したためです。

具体的には、年越し=「境目」を重視する民俗意識、音による「祓い」の信仰(鳴り物信仰)などがあるとされています。

そういう意味では、除夜の鐘は、仏教が日本に根付き発展した証としての行事ですから、私はやはり大事にしてほしいなと思います。

みなさんがお住まいの地域では、除夜の鐘は聞こえますか。

聞こえても聞こえなくても、良いお年をお迎えください。

歴史読本2011年2月号 日本のしきたり 年中行事由来とまじない おせち料理から除夜の鐘まで
歴史読本2011年2月号 日本のしきたり 年中行事由来とまじない おせち料理から除夜の鐘まで

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