
ネットで、「観相学」と称して、著名人の顔からパーソナリティを診断しているチャンネルが人気です。チャンネル制作者個人の人物評としては否定しませんが、「観相学は占い師ではない」という言い草が、疑似科学特有の香ばしさを感じるので、言及してみます。
動画によると、「観相学」は「占い」ではないそうです。そして、面相以外にその人の所作や装飾品なども含めて総合的に判断するそうですが、それはむしろ、判定する幅を広げているだけで、そもそも面相自体には決め手がないことの何よりの証拠です。
ご本人は、エクスキューズとして、動画の最初に「これはエンタメです」とことわりを入れているのですが、だったら、「観相学は占いではない」などと言わないことです。
ある意味、「占いではない」という言い草は、興味深い発言ですけどね。
血液型性格判断、地震雲、水素水、ナマズと地震の関係などは、科学的に証明されていませんが、それらも「これは占いではない(確たる根拠がある)」と、いかにも科学のバックグラウンドがあるかのように言い張ってきた歴史があるからです。
疑似科学(ニセ科学)とは、科学的根拠がないにもかかわらず、科学的であるように見せかけた主張や技術です。
本来の占いは、そういう「科学のふり」はしません。
科学ではないのに科学という。詐欺と同じです。
「観相学」とは何か
デバンカーけんけんTV、ご覧になったことありますか。
「観相学」は、東アジアでは古くから伝わる相術の一種で、顔の形・目鼻立ち・しわ・ほくろなどから性格や運勢を読み取るとする体系です。
日本では江戸時代にも広まり、中国の相術の影響を強く受けています。
これは、現代科学でいう「学問(science)」とは成り立ちがまったく異なります。
現代の学問と呼ばれるためには、少なくとも次の条件が必要です。
・再現性があること(誰がやっても同じ結果になる)
・統計的検証があること(大規模データで裏づけられている)
・反証可能であること(間違いが証明できる)
「観相学」は、これらを満たしていません。
たとえば心理学では、性格を測定する際に「ビッグファイブ理論」など、統計的に裏づけられた尺度を用います。
しかし、顔の形と性格の間に安定した強い相関がある、という信頼できる科学的合意は存在しません。
「所作や装飾品も見る」という主張について
「観相学」は、顔だけでなく、服装やアクセサリー、話し方や態度まで含めて判断するそうで、一見「総合的」に見えます。
しかし、これは、科学的厳密さという観点から見ると、むしろ逆です。
なぜなら、
判断材料を増やせば増やすほど
後付けで説明がしやすくなる
からです。
これは、心理学でいう「コールドリーディング」に近い技法になりやすい。
曖昧な一般論を当てはめ、相手の反応を見ながら微調整していく手法です。
ご本人も、それをエクスキューズとして、当たる確率は100%ではないとしていますが、数字の問題ではなく、その数字の裏付けとなる根拠が合理的に示せていないことが問題なのです。
「観相学」が100%ではないとするのは、天気予報が100%でないのとは全く意味が違います。
顔と性格に“まったく”関係はないのか?
では、「顔と性格に“まったく”関係はないのか?」と、言われたら、言下に否定はできません。
近年、「顔の第一印象」と「社会的評価」の関連を研究する心理学分野は存在します。
たとえば、
「信頼できそうな顔」に見える人は選挙で有利になりやすい
ベビーフェイスは幼く・従順に見られやすい
といった傾向は、統計的に観察されることがあります。
しかしこれは、顔が性格を決める、という意味ではありません。
むしろ、人は顔から勝手に性格を推測してしまうという、人間の認知バイアスの研究です。
ここを取り違えると、「見た目で本質がわかる」という短絡的で危険な発想に転落します。
歴史的に問題視されてきた背景
たとえば19世紀に登場した疑似科学の観相学、骨相学がもたらした悲劇もそのひとつです。骨にまつわる古生物学と人類学を本書でお楽しみください。 https://t.co/uqpCNvsqXt pic.twitter.com/SrLl7am13v
— 原書房 公式 (@harashobo_Japan) February 19, 2020
19世紀ヨーロッパでは、顔や頭蓋骨の形から犯罪傾向を判断しようとする学説もありました(いわゆる骨相学や犯罪人類学)。
しかしこれらは、後に差別や優生思想と結びつき、科学的にも否定されています。
「顔から本質を読む」という発想は、歴史的に非常に慎重であるべきテーマなのです。
それでも、このチャンネル、人気があります。
「観相学」が支持される理由は、科学性とは別のところにあります。
直感的でわかりやすい
「見ればわかる」という安心感がある
物語として面白い
人間は複雑な心理テストより、「顔を見ればわかる」という単純な説明の方に惹かれやすい傾向があります。
しょせん、人間は愚かだからこういうものが好きなのです
「観相学(人相学)」は、現代の学術的な心理学・医学・人類学の枠組みでは、確立した学問とは認められていません。
現代の学術界における広範かつ強固なコンセンサスとして、観相学は「疑似科学」であると見なされています。
「その人を知る」には、外見から推測することではなく、時間をかけて関わりの中で観察すること”です。
「観相学」が与えるのは「一瞬の物語」ですが、人格はもっと動的で、状況依存的なものだからです。
人は、ひとつの「本質」だけで動いているわけではありません。
家庭では穏やかでも、職場では厳しく、友人の前では冗談好き、というのはありふれたことです。
仏教では「縁起」といいますが、価値観と状況の組み合わせ次第で、人間はいかようにも見え方が変わってきます。
たとえば、人は年齢で変わり、環境で変わり、出会いで変わるので、固定的な「本質」を見抜くことは、ほとんど不可能です。
現実の人間評価は、「時間をかけても完全にはわからない」という不確実さを含んでいるのです。
ひとさまを理解するためには、それ相当の努力も辛抱も必要ではないでしょうか。いや、そう書くとつらそうですが、それが人付き合いの醍醐味ではないでしょうか。
「観相学」のYouTubeチャンネル、ご覧になったことはありますか。



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