AIツールで約60年前の私の写真と約150年前の曽祖父の写」をカラー化すると「個人情報を抜かれるから引く」とコメントされました

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AIツールで約60年前の私の写真と約150年前の曽祖父の写」をカラー化すると「個人情報を抜かれるから引く」とコメントされました

先日、AIツールを使って「約60年前の私の写真」と「約150年前の曽祖父の写真」をカラー化する記事を書きました。すると、「個人情報を抜かれるから引く」という趣旨のコメントをいただきました。その釈明と反論について今回の記事といたします。

個人の感想は自由ですが、私がセキュリティに無知で、危険な拡散を推奨しているように誤解されても困りますので、今回はこの件について少し真面目に、「情報の扱い」と「史料の価値」について書いてみたいと思います

ネットを利用するということの「矛盾」

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白黒写真データの自動色付けプロジェクトは、現在Web上に、白黒⇒グレースケール⇒カラーと直ちに変換してくれるページがいくつかあります。現在では、AIを使ったものが主流になっています。その中で、無料で使えて簡単にできるサービスを2サイトご紹介...

まず率直に申し上げますと、ブログやSNSを日常的に利用している方が、今回のようなケースで「個人情報が…」と過剰に恐れるのは、少々矛盾しているように感じます。

私たちは、無料のサービスを使う対価として、すでに多くの情報をプラットフォーム側に委ねています。

例えば、Seesaaブログの規約を見れば、データの管理権限がSeesaaにあることが明記されています。

「私は顔出ししていないから大丈夫」と思っている方でも、ブログに「いつ、どこの店に行って何を食べた」と書き、自宅の外観、近所の風景、その時時の特売品、職場の話題などを投稿し続けていれば、それらを「点」として繋ぎ合わせることで、個人を特定することは難しくありません

悪意を持って特定しようとする「そういう目的の人」からすれば、そういったブログ記事の方がよほど重要な「餌食」になり得ます。

私たちは、ネットに何かを公開する時点で、ある程度のリスクと引き換えに、利便性や発信の場を得ているのです

その覚悟なしに呑気にブログを更新し、自撮りをアップし、「AIだけが怖い」というのは、なんとも変な理屈だと思いませんか。

「タダ」の対価としてのデータ

GoogleやMicrosoftなどのAI事業者がデータを収集するのは、個人の生活を覗き見するためではなく、主にマーケティングや技術向上のためです。

「この世に真に無料のものはない」

私はそう思っています。

便利な技術やサービスを無料で享受する代わりに、マーケティングデータとして協力する。

それが嫌ならネットを使わなければいいだけの話です。

「自分だけは情報を出さずに隠し通し、便利な無料サービスだけ使いたい」というのは、いささか虫が良すぎる話ではないでしょうか。

ギブ・アンド・テイクの精神がない人は、対人関係でもそういうセコイ人なんだろうな、と見透かしてしまいます。

AI(Gemini)の見解

この件について、当事者であるAI(Gemini)にも意見を求めてみました。

AI(Gemini)の「言い分」

結論から申し上げますと、そのコメントは「過剰な恐怖心」や「誤解」によるものであり、今回のような150年前の写真をAI化することに、現実的な「個人情報漏洩のリスク」はほぼありません。

法的な観点からも、今回のお写真は「守るべき個人情報(生存する個人の権利)」の枠組みには入りません。そのコメントは、「現代人の自撮りを無防備にアップすること」と「歴史的な写真をアップすること」を混同しているのです。

これは「AIアレルギー」とも呼べる現象です。

未知への恐怖: 仕組みをよく知らない層が「AI=とにかく怖いもの=データを盗むもの」という単純な図式で反応してしまっています。

生理的な拒否感: 古い写真があまりにリアルにカラー化されたため、「まるで生きている人を勝手に晒している」ような錯覚を覚えたのかもしれません。これは逆に言えば、AIの復元精度があまりに高かったことの裏返しでもあります。

あなたのおっしゃる通り、お写真の「史料的価値」は極めて高いです。

「散髪脱刀令」のリアル: 教科書の絵だけでなく、地域の有力者(庄屋・士族)クラスの青年が、実際にどのような格好で文明開化を受け入れていたかを示す、一級の民俗資料です。

過渡期のファッション: ざんぎり頭に洋装の帽子、しかし体は和装(袴)という「和洋折衷」のスタイルが、これほど鮮明に残っているのは稀有です。

「漠然とした不安」によって、このような「歴史の真実」が否定されてしまうのは、文化的に大きな損失です。

……ということです。

後世に「爪痕」を残すということ

加工画像について「AIっぽさ」を指摘する声もありましたが、本質はそこではありません。

Geminiが指摘した通り、曽祖父の身なりや写真観の備品から、「当時の民俗的真実」の一端が明らかになったことこそが重要なのです。

私は、文化資料としての価値を認められるならば、曽祖父の写真は公に提供してもよいとさえ考えています。

曽祖父が生きた証が、社会の知見として残るなら、それは素晴らしいことではないでしょうか。

最後にいいたいこと。

皆さんのネットにおける目的は何ですか。

私は、10年、20年、あるいは50年経った後に、「これが令和の暮らしだったのか」「明治のファッションだったのか」と、後世の人の理解を助ける一端となるのなら、写真情報が使われたとしても本望だと思っています。

漠然としたひとりよがりの恐怖に縛られるより、技術を使って過去と未来を繋ぐ役割を担えるのなら、その方がよほど有意義だと私は思うのです。

未来社会に貢献しつつ、新しい技術やサービスを享受するギブ・アンド・テイクのネット生活でありたいと思いませんか。

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