
1999年に起こった文京区幼女殺人事件を漫画化したのは、『ザ・女の事件 ママ友格差無惨~お受験幼女殺害事件~/ザ・女の事件Vol.2』です。事件には「お受験」が関係しているといわれたり、被害者の母親が悪者になったりと、事件の本質を外れたことで話題になった事件です。
1999年11月22日、東京都文京区音羽で、2歳の幼女が殺害され遺棄された殺人・死体遺棄事件がありました。
加害者の子弟が、お茶の水女子大学付属幼稚園の受験で不合格だったために、合格したママ友の娘に手をかけた事件とされました。
そこから、文京区幼女殺人事件は、お受験殺人事件とも呼ばれています。
しかし、実際には、「お受験」が理由ではなかったという話です。
ふたりは、ママ友ではなく、精神を病んだ加害者が、被害者の母親によって侮蔑、愚弄、いじめ、排斥などがあったと、一方的に嫌悪感と憎悪を抱いていました。
そして、加害者は夫に、息子の幼稚園の転園を相談したり、思い詰めて母親の殺害を予告するような話をしたりしていました。
ところが、それに対して夫は、寺院の副住職でありながら、配偶者の苦悩ときちんと向き合いませんでした。
そこで、どうにもならなくなった加害者が、犯行に及んだといわれています。
なぜ、その書籍および事件を今回取り上げるかというと、デイリー新潮が、この事件を振り返る記事をアップして話題になっていたからです。
いや、当時は新潮だって「お受験殺人」と書き立てたくせに、いまさら他人事のように評論するのもなんだかなあと思いますが、とにかく新潮は26年経って、この事件を振り返っています。
嫉妬したのは加害者ではなく第三者?
今日の情報源です。
「お受験殺人」ではなかった99年の2歳女児殺害事件 地元で「全く目立たなかった地味な子」はなぜ幼女の命を奪ったのかhttps://t.co/1ni2kgwccm#デイリー新潮
— デイリー新潮 (@dailyshincho) November 23, 2025
記事にも、当時は、「お受験殺人」とメディアははやしたてたが、実際は加害者が被害妄想で病んでいるだけで、そもそも母親同士はママ友でもなく、お受験の明暗が動機とは考えにくく、加害者ですら裁判でそれは否定していた、と書かれています。
2021年、事件当時の園長で同じ保護者の立場だった女性も、ノンフィクションライターの水谷竹秀氏にこう語っています
「お受験に夢中になった親同士がぎくしゃくして、恨みつらみが事件に発展したという報道が多かったですが、お受験と事件は関係ありません。昔も今も、国立幼稚園のお受験では、抽選という努力ではどうにもならない運次第。そもそも2人はママ友なんかじゃありませんでした」(主婦と生活社「週刊女性」2021年6月08日号)
「お受験」が原因とされたことで、まるで合格した被害者の母親が悪者扱いされて叩かれ、被害者は二次被害にあっています。
要するに、加害者ではなく、事件と関係ない大衆こそが「お受験」に受かった被害者に嫉妬したということです。
「精神を病んだ女性の凶行」と正しく報じないで、「お受験殺人」とメディアが名付けたのは、その方が大衆を刺激するとわかっていたからでしょう。
結局、ここでも「学歴社会」の歪んだ価値観が、社会を混乱させているのです。
私は、その点が気になりました。
「今の30代の女性が抱いている一番の願いというのは“自分が輝きたい”ということなんだそうです。でも自分の能力を発揮して輝こうというのではなくて、大多数は、夫の勤務先や子供の進学先に輝きの拠り所を求めようとするんです」〉(「週刊新潮」1999年12月16日号で共立女子大学名誉教授の木村治美氏)
あれから26年たち、お母さん世代の意識も変わっているかもしれませんが、たしかに当時は、この指摘はあり得ることだと思いました。
その「お受験」何のためにさせるのですか?
文京区音羽お受験殺人事件の犯人の現在!被害者の関係や生い立ち・結婚した旦那や子供・逮捕~出所後も徹底解説 https://t.co/7JZN95wm2F お茶の水女子大付属幼稚園に入れたからと言って大学までエスカレーターでイケるわけでもないのに、たかが幼稚園合格で騒ぐ大衆の価値観もどうかしている
— 無明子 (@shirimochigome) August 3, 2023
私は、小学校以外、つまり、幼稚園、中、高、大、修士、博士、と、受験の経験がありますが、その経験から言って、受験なんて、しなくていいものならすべきではないと思います。
義務教育のうちは、行く先があるのですから、幼稚園だって、何も国立や有名私立に行く必要はないでしょう。
とくに、自分の意志で自分の人生を考える歳でもない幼稚園児に「お受験」をさせる親は、なにか考えはあってのことだと思いますが、本当に必要なことなのか、問い直していただきたいですね。
幼稚園には幼稚園の、小学校には小学校の学園生活があります。
友だちと遊んだり、行事を楽しんだり……。それが、人格形成上大切な営みなんです。
ところが、お受験のために進学教室に通い、それらを楽しむ時間や精神を簒奪し、「合格しなさい」というプレッシャーをかけることで、その子にとってその時代は灰色になっちゃうんです。
思えば、毒親から中学受験を強いられた私は、そのストレスで、かっぱらいその他、当時は悪いことやひどいこともしました。
特別欲しいわけでもないのに、かっぱらうことに充足を感じていたのですから、精神が病んでいたのでしょう。
小学校も、義務教育なのに事実上の追放で転校もしました。
補導されなかったのは……自分は運が悪い人生だと思っていますが、その時補導されなかったり、堅気でない人たちとのつながりを持たずに済んだりした「幸運」を以て、その後の人生の運まで使い切っちゃったのかな、という思いもあります。
今思い出しても、ぞっとしますよ。
子がグレるのは、孤発的なものは例外で、親の育て方に何らかの問題がある場合がほとんどではないでしょうか。
いわゆる「音羽お受験殺人事件」と呼ばれた事件、覚えておられますか。

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