聖跡蒲田梅屋敷公園(大田区蒲田)は江戸(文政)時代に近郷から数百本の梅の銘木を集めて造られた庭園で東海道の名物

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聖跡蒲田梅屋敷公園(大田区蒲田)は江戸(文政)時代に近郷から数百本の梅の銘木を集めて造られた庭園で東海道の名物

聖跡蒲田梅屋敷公園(大田区蒲田)は京急線京急蒲田と梅屋敷の間に国道15号線に面した公園としてあります。梅屋敷という文字通り、江戸(文政)時代に富豪の薬屋・山本久三郎が近郷から数百本の梅の銘木を集めて造られた庭園で東海道の名物だったそうです。

梅屋敷とはなんだ

梅屋敷といいますと、地元でない人々にとっては、NHK連続テレビ小説の視聴率をV字回復させたといわれる『梅ちゃん先生』(2012年4月2日~9月29日、NHK)の舞台としての認識ではないかと思います。

ただ、住居表示で「梅屋敷」という町名はありません。

京急線梅屋敷駅の駅前商店街(ぷらもーる梅屋敷)は、蒲田と大森西の境目にありますが、実際に「梅屋敷」とされるのは、大田区蒲田1~2丁目あたりがその地域にあたります。

蒲田というと、イコール町工場のようなイメージがあるようですが、どちらかというと、京浜工業地帯の中核としての町工場は、羽田や森ヶ崎のような町工場地帯ではないかと思います。

「蒲田」と住居表示する中で、準工業地域になっているのは、南蒲田、東蒲田といった“アラウンド”地域で、蒲田は1~2丁目(すなわち梅屋敷地区)がお家賃高めの住宅街、商業区域であるJR蒲田駅前の盛り場は5丁目で、現在の大田区役所も5丁目です。

そこで、今回の公園も、『聖跡「蒲田」「梅屋敷」公園』と、2つの地名を入れています。

現在「梅屋敷」の名称を残すのは、京急線梅屋敷駅、その駅前商店街、聖蹟蒲田梅屋敷公園です。

聖跡蒲田梅屋敷公園の全景

入口

聖跡蒲田梅屋敷公園です。

聖跡蒲田梅屋敷公園

土地の者は、上半分を取ってただの梅屋敷公園と呼びます。

梅屋敷という文字通り、江戸(文政)時代に富豪の薬屋・山本久三郎が、近郷から数百本の梅の銘木を集めて造られた庭園といいます。

入口は2つあります。

国道15号線(第一京浜国道)に面している入口と、

国道15号線(第一京浜国道)に面している入口

その垂直南側にあたる一つ上の画像です。

梅屋敷の由来

梅屋敷の由来については、大田区が公園内に説明板を建てています


梅屋敷は、山本忠左衛門が和中散(道中の常備薬)売薬所を開いた敷地三千坪に、その子久三郎が文政の頃(一八一八~一八二九)に、梅の木百本をはじめとしてかきつばたなどの花々を植え、東海道の休み茶屋を開いたことに始まるといわれています。
当時は後の十二代将軍徳川家慶が鷹狩の休み所とした程の屋敷で、その雅趣ある風情は多くの文人、行楽客、東海道の旅人を集め、とくに梅の開花期には非常なにぎわいを見せたようでした。 大田区(説明板より)

東海道中の名物だったようです。

さらに大田区教育委員会では、山本忠左衛門が売っていたという和中散についての説明板も用意しています。

梅屋敷と和中散売薬所跡

大田区文化財
梅屋敷と和中散売薬所跡

「和中散」は、食あたり、暑気あたり等に効く、道中常備薬としてつくられ、旅人に珍重された。元禄から正徳にかけて(一六八八~一七一六)大森中原、谷戸、南原に三店が開業した。
 このうち南原にあった店が、後に北蒲田村の忠左衛門に譲られ、この地に移転したという、
 文政年間(一八一八~一八三〇)の初め、忠左衛門の子の久三郎の代に、庭園に桜の名木を集めて、休み茶屋を開いた。
 亀戸の梅林とともに梅の名所「梅屋敷」として有名になり、広重の浮世絵にも描かれた。
昭和五十年三月十九日指定
大田区教育委員会


庭園は東京市に寄付された後、大田区立公園となったのは1953年です。

明治天皇と梅屋敷

大田区立聖蹟蒲田梅屋敷公園は、明治天皇が9度も通ったことでも知られています。

そこで、『明治天皇と梅屋敷』という説明板もあります。

明治天皇と梅屋敷

明治天皇と梅屋敷

 梅屋敷は、明治元年(一八六八)から明治三十年(一八九七)の間に天皇の九度の行幸がありました。
 天皇はことのほか梅屋敷の風致を好まれ、明治六年(一八七三)三月六日のご観梅のときには小梅一株をみずからお手植なされ、この梅は仙粧梅と称されて後に人々に愛されたといわれています。その後昭和八年(一九三三)に史蹟として保存指定を受け、昭和十三年(一九三八)に東京市へ寄付、さらに昭和二八年(一九五三)に大田区に譲与され、現在に至っています。 大田区

里程標(復元)

里程標というのは距離標のことで、距離を記して道路・線路のわきなどに立てた標識です。

聖蹟蒲田梅屋敷公園では、里程標もあります。

また、大田区の説明板から見ていきましょう。

里程標

里程標(復元)
 昔、梅屋敷山本家の門の横に自然石の里程標の石碑がありました。その高さは一メートルほどでその表面には、

距日本橋三里十八丁 蒲田村 山本屋

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と刻されていたと伝えられています。
 木戸孝充、伊藤博文らが梅屋敷で新年宴会を開いた際、二人が合作した一幅中の木戸孝充の画にも描かれていました。戦後里程標は姿を消しましたが、資料をもとに復元しました。
大田区


また、この公園の自慢は明治天皇が9度も通ったことです。

狂歌堂真顔の歌碑(復元)

大田区立聖蹟蒲田梅屋敷公園には、狂歌堂真顔の歌碑(復元)があります。

こちらも、大田区の説明板から見ていきましょう。

狂歌堂真顔の歌碑

狂歌堂真顔の歌碑(復元)

 昔、梅屋敷の園内には数多くの碑石がありましたが、所有者が移った時や戦後の混乱期に姿を消してしまいました。この歌碑はそれらの一つを資料をもとに復元したものです。
 文面は、

 旅人の神に手向の幤代や
    白絹咲きし庭中の梅
         狂歌堂真顔

 であったと伝えられています。

             大田区


これが石碑です。

石碑

山本久蔵の句碑

大田区立聖蹟蒲田梅屋敷公園には、山本久蔵の句碑もあります。

なお、「鶯」は「うぐいす」と読みます。

山本久蔵の句碑

山本久蔵の句碑

 この句碑は、天保五年(一八三四)にこの梅屋敷と関係の深い山本久蔵が建立したものです。文面は

神酒ささぐ間に鶯の初音かな

         麦住亭梅久

とあります。戦前には他にも江戸時代の多くの句碑が残されていましたが、戦後の混乱期に姿を消してしまいました。  大田区


姿を消してしまったのは惜しいことですね。

もうひとつ、山本久蔵の句碑にはこんなものもあります。

山本久蔵の句碑

梅路、梅志の句碑

 この句碑は弘化三年(一八四六)山本久蔵が梅路と号し、建立したものといわれています。

しら梅の 梢や月の高みくら
        七十五歳 梅路

松竹は表にうらハ梅の春
        六十五歳 梅志

  弘化三のとしきく月  梅家女誌

 また梅路、梅志の墓は蒲田の妙典寺にあり、その墓石にも句碑が刻されています。 大田区


梅路と梅志

山本久蔵と梅屋敷の結びつきの深さがわかります。

戦没記念碑

戦没記念碑の石碑で『忠魂碑』と刻まれています。

戦没記念碑の石碑で『忠魂碑』

明治維新後の幾多の戦争で、兵士として亡くなった方は少なくありませんが、その追悼碑です。

土俵

土俵もあります。

聖蹟蒲田梅屋敷公園の土俵

私も、子供の頃はこの土俵でよく相撲をとったものです。

その他

地元の人には、緑と土俵と池のある公園として親しまれてきましたが、現在はずいぶん寂しくなってしまい、池の水も全くなくなっていました。

聖蹟蒲田梅屋敷公園

池の水も全くなくなっていました

石碑

これだけの梅と碑と説明板が揃った江戸時代に作られた「聖跡」と名の付く伝統ある公園なのですから、庭園のようにもっと高級感在るように見せればもっとすばらしくなるとおもいます。

すぐ近くを京急線が走っています

すぐ近くを京急線が走っています

ちょっと淋しいですね。

聖蹟蒲田梅屋敷公園界隈のスポット

聖蹟蒲田梅屋敷公園を、国道15号線(第一京浜国道)を隔てて大田区総合体育館(大田区東蒲田)があります。

https://www.shiseiweb.co.jp/ootaku/%E5%A4%A7%E7%94%B0%E5%8C%BA%E7%B7%8F%E5%90%88%E4%BD%93%E8%82%B2%E9%A4%A8

大田区民にとっての生涯スポーツの拠点といえるでしょう。

また、梅屋敷商店街(ぷらもーる)近くにはパティスリーナオヒラ(大田区蒲田)があります。

パティスリーナオヒラ(大田区蒲田)は『大田のお土産100選』に選ばれたご当地品の蒲田カステラと梅屋敷チーズを販売
パティスリーナオヒラ(大田区蒲田)に行ってきました。ご当地商品の蒲田カステラと梅屋敷チーズを販売しています。バ…

蒲田カステラと梅屋敷チーズというご当地商品を販売しています。

大田区によると、聖跡蒲田梅屋敷公園は、2017年に大田区と「災害時における相互応援に関する協定」を締結している山形県長井市から11種類のあやめを取り寄せ植栽したそうです。

“あやめの市”長井独自の品種である長井古種の見ごろ時期は5~6月だそうです。

梅の季節以外の新たな見どころになりました。

以上、聖跡蒲田梅屋敷公園(大田区蒲田)は江戸(文政)時代に近郷から数百本の梅の銘木を集めて造られた庭園で東海道の名物、でした。

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