
文部科学省の学校基本調査で、大学進学率などに使用される18歳人口の集計から、障害のある児童・生徒が通う特別支援学校の卒業者が除外されていることが、毎日新聞の調査で判明したそうです。これは、「生涯未婚率」とともに、「生産性のない層は要らない」という国の本音を表した統計と指摘されています。
文科省が発表する大学進学率は、高等教育を受けている人の割合、つまり国の文化水準を示すめやすとして用いられています。
その算出方法は、高校卒業者ではなく、その3年前の中学校卒業者を母数にしています。
現在は、高校進学率が97%のため、それがほぼ18歳人口であるとみなしてのものです。
つまり、障害者だけでなく、中卒者が統計から外されています。
さらに、そこから支援学校中等部卒業者もはずされていた、ということが問題になっています。
障害者を除くことは、何が問題か
今日の情報源です。
特別支援学校生を18歳人口から除外 文科省、大学進学率が不正確にhttps://t.co/J33QbVtXCB
文科省の学校基本調査で、大学進学率などに使用される18歳人口の集計から、障害のある児童・生徒が通う特別支援学校の卒業者が除外されていることが判明しました。
— 毎日新聞 (@mainichi) November 30, 2025
では、障害者が除外されていることに、どんな問題があるのでしょうか。
1.統計自体が不正確になる
2.障害者を社会的に認めない差別の発想を疑う
「そんなこといったって、どうせ障害者なんか、大学に行かないだろう」と思われますか。
令和5年の統計の推計では、300~400人が大学・短大に進学しています。
少数ですが、そこから司法試験に合格する人もいます。
『全盲の夫婦がみつけた、家族のかたち』懸念を覆した3つの決断。#大胡田誠 弁護士は「決断とは、自らつかみ取ること。勇気を持って人生を切り開くこと」と語っています。 https://t.co/mIhTab4qRx pic.twitter.com/lQjQVWgxcw
— 無明子 (@shirimochigome) March 31, 2021
私の長男のように、中途障害になっても、支援学校中等部から、普通の高校に進むケースもありますが、これも員数外扱いです。
かつて、特別支援学校は養護学校といわれ、「職業自立」や「生活介護」が主眼であり、アカデミックな高等教育への接続は想定されていなかったため、「障害者は別コース」という古い行政の区分けがありましたが、今は支援学校も、法的には「一条校」と言って、高等学校として認定されています。
統計に含まれないと、予算措置や支援策の対象から漏れやすくなります。
「特別支援学校からの大学進学は想定外」という前提で制度設計がなされれば、進学希望者への進路指導や、大学側の受け入れ体制の整備(合理的配慮)も遅れてしまいます。
この件は単なる「計算ミス」ではなく、「障害者の高等教育へのアクセス権」を軽視してきた行政の姿勢が数字に表れたものと言えます。
「障害者のくせに進学など、例外だし、どうせ卒業後も大した仕事もできないだろう」といわんばかりの、差別と偏見剥き出しの発想がそこにはあります。
「生産性」はあなたにも襲いかかる言葉かもしれない
「いや、自分は中卒でも障害者でもないから、そんなニュース、別にどっちでもいいよ」
とお考えの方、国の選別意識はそれだけではありません。
50歳時点で一度も結婚したことがない人の割合を、かつては「生涯未婚率」と称し、現在は「50歳時未婚率」と称して、統計を発表しています。
タレントの浅野ゆう子さんのように、57歳で初婚ということもあるし、人生100年時代とうたうのなら、ことさら、「50歳以上の結婚」をターゲットにするのはおかしいと思いませんか。
私には、この統計の真意は、子供を生む前提ではない結婚に意味はない、国が認める「結婚」は50歳までだ、ということで、国からすればどうでもいい「例外の結婚」という冷たい態度を読めます。
国が勝手に、「適齢期」からはずれた「例外」を決めて、統計からそれを排除しているという意味で、今回の障害者を除く統計と軌を一にする発想を感じます。
要するに、
生産性のある存在や人生こそが「国民」として扱われ、そうでない人は「例外」として、オフィシャルな統計から弾かれているのです。
アカデミックな能力で社会に貢献する可能性が少ない、労働力としての生産性に懸念がある、子供を産まない(産めない)
こういう層を、国は馬鹿にしているんですよ。
税金払えば表向きの福祉や公民権は認めるが、オフィシャルな「日本人の統計」からは外れてもらう日陰者だと言ってるようなものです。
「人生100年時代」を実現するのは自分自身
そういう私自身も、国が認める国民の「メインストリーム」からは外れているんですけどねー。
還暦過ぎて文系の博士課程に進む奴なんて、補助金の無駄使い野郎ぐらいにしか思われていないのです。
奨学金も1円ももらえないし。
修了しても、大学教員の就職は年齢的に無理だし。
だからといって、国が認める「生産性」だけを価値基準にしているような社会の、いいなりになる必要はないと思うのです。
人生100年時代という建前だけは立派でも、それを実現するのは、私たち一人ひとりの生き様にあると思います。
旧弊な社会の「常識」だの「外聞」だのに負けずに、自己実現を求める豊かな人生を送りたいと思いませんか。

一生ブレない自分軸の身につけ方 ~やりたいこと、才能、目標を見つける!~ – 森田市郎


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